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同仁堂の由来


こんにちは、周です。
中国には、北京の同仁堂、杭州の胡慶余堂、漢口の葉開泰、広州の陳李済、四大漢方薬局があります。今回は北京同仁堂の由来を話します。

同仁堂は清の時代、康煕(1669)年に浙江省の楽尊育が始めた店です。店の元の主人は岳という姓の人です。彼は明の時代の末期、北京にやってきて、町を回りながら治療していた医者でした。彼は北京を訪ねるたびに、大柵欄にある、山西省出身の楽という人が経営する、簡易旅館に泊まりました。その旅館は老夫婦二人だけでやっていて、南から北へ、漢方薬を売りに来る商人を、専門に泊まらせていました。
清の時代の早期、楽老夫婦は故郷へ親戚を訪問しに行くため、留守の間に、旅館を楽尊育に預けました。ところが、老夫婦は行ったきりのまま音信不通になってしまい、楽尊育はやむを得ず、改姓し(姓を楽に改め)、その旅館を引き継きました。その後、彼は行商を辞め、診療所も兼ねた店を構えました。そして、「共に仁徳を修め、人々を助ける」という経営趣旨に沿って、店名を「同仁堂」にしました。その後、楽家の子孫は、皇帝のご用達薬品を取り扱っていた育寧堂の娘と結婚し、朝廷に出入りすることができました。育寧堂では、何種類もの薬を商品化していましたが、西太後の夫であった咸豊帝が奕寧の名を引き継いだ後(自分の名を避けるため)、寧の字が付く薬や薬屋は全部改名させられました。
育寧堂も同仁堂と合併し、皇帝の薬は同仁堂が一手に収めるようになりました。

ちなみに、現在の「同仁堂」は、一般市民にも利用できます。
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他の三大漢方薬局について、ご趣味がございましたら、是非、調べてください。
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by jbucm | 2009-01-12 09:30 | 中国の話 | Comments(0)