カテゴリ
全体
中医学
中医中薬専攻科
医学気功整体専科
中医薬膳専科
質問の回答
学校行事・お知らせ
講師紹介・授業風景
中国の薬膳
中国の話
中国の家庭料理
中医養生
研修旅行
医学気功・太極拳
中国語
色々・・・
未分類
以前の記事
2017年 11月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
お気に入りブログ
最新のコメント
菊花茶の入れ方で質問です..
by 梅崎 at 18:57
> 初学者さん ご質問..
by jbucm at 11:00
はじめまして。質問させて..
by 初学者 at 11:22
お久しぶりです。質問よろ..
by 丸 at 10:39
何度も質問し大変すみませ..
by 丸 at 18:45
ご質問ありがとうございま..
by jbucm at 13:45
ご返答ありがとう御座いま..
by 丸 at 13:14
おはようございます。返事..
by jbucm at 10:00
弁証なんですが、どこで詳..
by 丸 at 04:14
こんにちは、お返事が遅れ..
by jbucm at 15:26


同仁堂の由来


こんにちは、周です。
中国には、北京の同仁堂、杭州の胡慶余堂、漢口の葉開泰、広州の陳李済、四大漢方薬局があります。今回は北京同仁堂の由来を話します。

同仁堂は清の時代、康煕(1669)年に浙江省の楽尊育が始めた店です。店の元の主人は岳という姓の人です。彼は明の時代の末期、北京にやってきて、町を回りながら治療していた医者でした。彼は北京を訪ねるたびに、大柵欄にある、山西省出身の楽という人が経営する、簡易旅館に泊まりました。その旅館は老夫婦二人だけでやっていて、南から北へ、漢方薬を売りに来る商人を、専門に泊まらせていました。
清の時代の早期、楽老夫婦は故郷へ親戚を訪問しに行くため、留守の間に、旅館を楽尊育に預けました。ところが、老夫婦は行ったきりのまま音信不通になってしまい、楽尊育はやむを得ず、改姓し(姓を楽に改め)、その旅館を引き継きました。その後、彼は行商を辞め、診療所も兼ねた店を構えました。そして、「共に仁徳を修め、人々を助ける」という経営趣旨に沿って、店名を「同仁堂」にしました。その後、楽家の子孫は、皇帝のご用達薬品を取り扱っていた育寧堂の娘と結婚し、朝廷に出入りすることができました。育寧堂では、何種類もの薬を商品化していましたが、西太後の夫であった咸豊帝が奕寧の名を引き継いだ後(自分の名を避けるため)、寧の字が付く薬や薬屋は全部改名させられました。
育寧堂も同仁堂と合併し、皇帝の薬は同仁堂が一手に収めるようになりました。

ちなみに、現在の「同仁堂」は、一般市民にも利用できます。
f0138875_152626100.jpg

他の三大漢方薬局について、ご趣味がございましたら、是非、調べてください。
[PR]
by jbucm | 2009-01-12 09:30 | 中国の話 | Comments(0)
<< 気血津液と臓腑の話(44) 気血津液と臓腑の話(43) >>