蘇東坡と中医薬 其の①

こんにちは、周です。今回は蘇東坡と中医薬の話―其の① です。

北宋元祐四年(1089年)、蘇東坡が杭州太守就任前に、杭州の人口は37万に対して、医院は全然ありませんでした。彼は在任期間中、疫病流行する際、別処の名医を呼んで民衆を診察します。その後、名医が作った診断基準や処方された方剤を、手書きにして、城(街)のあっちらこっちらに貼り、百姓は、掲示されている中薬・方剤に従って、自分で薬を探し・服用して病気を治しました。

半年後、蘇東坡は義捐金や公益金を使い、杭州市中心部の衆安橋頭に、「安楽坊」という公立病院を建ちました。数多くの名医を招いて、生薬を購入し、時に患者へ無償で診察・治療を提供しました。彼の在任期間中に、「安楽坊」は、延べ数千人の病人を診察しました。「安楽坊」の医者は、皆が遠くまで知れ渡っている当時の名医であり、「安楽坊」は、当時の全国的の最大規模な医療機構(機関)でした。

蘇東坡の離任後、「安楽坊」は「安済坊」を改名され、患者の診察・治療を継続に行われましたが、公的な資金援助を断たされた為、経営困難に陥り、仕方がなく民営化されました。
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by jbucm | 2012-07-09 09:30 | 中医学 | Comments(0)

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