破釜沈舟

こんにちは、周です。今回は成語―破釜沈舟の話です。

秦の末年、各地の英雄達が反秦の旗を揚げ、戦国時代の各国王族の後裔達も、自分の旧国号(王朝の名)を立てて兵を募り、反秦戦争を起こしました。秦の大将―章邯が兵を率いて反撃し、当時の勢力が比較的に強い楚軍に大勝、趙の重鎮―巨鹿城まで追い詰めました。

趙王はすぐに各国の助け(援軍)を要請しましたが、皆が秦の強さに怯えられて、援助の手を差し伸べなかったのです。秦は益々勢力が拡大していきました。楚の大将―項羽が再び秦を攻撃しようと、全軍をひきいて黄河をわたったが、そのとき、船をみな沈め、釜を壊し、営帳(住居)を焼き払い、僅か三日分の食糧を持っただけで、必死の覚悟にさせ、生還する心が微塵もないことを兵士に示しました。九戦を経て、章邯を破りました。巨鹿城の危機を解除しました。

項羽の行動は、兵士達に「只許前進、不準後退」(前に進めるだけ、後ろへ下がることが絶対許さない)という決心を持たせ、勝利を導きました。後代の人は、破釜沈舟を、戦いに臨んで決意を示す・とことんまでやる覚悟のほどを示す時に使われています。

出典:≪史記・項羽本紀≫ 項羽乃悉引兵河、皆沈船、破釜甑、焼廬舎、持三日糧、以示士卒必死、無一還心。
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by jbucm | 2013-02-16 15:46 | 中国の話 | Comments(0)

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