『黄帝内経』筆記 蔵象学説(二十九)

霊枢・本輸第二③

【原文】心①出於中衝、中衝、手中指之端也、爲井木;溜于労宮、労宮、掌中中指本節之内間也、爲滎;注于大陵、大陵、掌後兩骨之間、方下②者也、爲輸;行于間使、間使之道、兩筋之間、三寸之中也、有過則至、無過則止③、爲経;入于曲沢、曲沢、肘内廉下陷者之中也、屈而得之、爲合。手少陰也①。

肝出于大敦、大敦者、足大指之端及三毛之中也、爲井木;溜于行間、行間、足大指間也、爲滎;注于太衝、太衝、行間上二寸陷者之中也、爲輸;行于中封、中封、内踝之前一寸半、陷者之中、使逆則宛、使和則通④、搖足而得之⑤、爲経;入于曲泉、曲泉、輔骨之下、大筋之上也、屈膝而得之、爲合。足厥陰也。

【注釈】①心、手少陰也:ここは手少陰心経と言っていますが、本当は心主(手厥陰心包経)の輸穴を紹介しています。『太素・巻十一・本輸』に「手心主経とする」と書いてあります。なお、『霊枢・邪客』に「心は五臓六腑の大主であり、邪気を感受してはいけない、邪気が心を犯したら、心包絡が代わりに受ける。故に、心経に輸が無い」と記載しています。これは『内経』に「心は大主」という学術観点の反映です。

②方下:ちょうど(掌後兩骨の)真下のことです。

③有過則至、無過則止:「過」とは過ちで、ここは「病」をさします。「至」とは到達という意味です。「止」は「至」と反対で、到達しないという意味です。(本経が)病の時にその脈が(間使まで)到達(反映)するが、(本経が)病の無い時にその脈が到達(反映)しない。

④使逆則宛、使和則通:この言葉に対しての解釈は少なくとも四通ありますが、比較的に理解し易い二通を紹介します。其の一は、『類経・経絡類・十六』に、「針で刺ものは、その気に逆らったら鬱になる、その気に和すれば通じる」と書いてある通りです、「宛」は「鬱」の意味とされます。その二は、取穴の方法で、「宛」は「窪み」の意味とされます:「足を伸ばし、つま先を背屈する(上に反る)と窪みが見え、(ツボの場所を決め)患者に足を自然位置に戻してもらったら針を順調に刺すことができる」。

⑤搖足而得之:(或は、患者に)足を動かせると、取穴できます。

【説明】五輸穴の理論は、経絡学の重要な内容になります。

本段は心経に関する記載がないが、『内経』の他の篇に心経の経脈循行や手少陰心経の生理と病理に関する記載はあります。他の古医籍、例えば『太素・巻八・経脈之一』には、『十二経脈』と『明堂流注』に少陰経脈及び輸穴皆有る、との記載があります。

後世は、本篇と『九鍼十二原』にあった「五輸穴」の理論を基づいて、心経の五輸穴を補充しました:少衝(井)・少府(滎)・神門(輸)・霊道(経)・少海(合)。

これで、五輸穴の理論が完全なものになり、臨床により応用されることになりました。


(李)
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by jbucm | 2013-06-20 10:00 | 中医学 | Comments(0)

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