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中国最初の西医院-広恵司

こんにちは、周です。今回は中国最初の西医院(西洋医院)を紹介します。

中国は、西洋病院(西洋医学が専門とした病院、略して○○医院と称する)と中医病院(中医学が専門とした病院、略して○○中医院と称する)あります。現在では、西医院は中国全土の都市・農村に建設されています。最初の西医院は、何時設立されたでしょうか

資料記載によりますと、元朝(元の時代)「広恵司」は、中国最初の西医院であります。当時の称朝(朝廷を主宰する)モンゴル族は、最初は中国東北部に勃起し、あんまり発達しないです、その後の勢力(武力)は中アジア・ヨーロッパまで達しました。西部民族を団結するのは重要だと認識し、元朝皇帝である成吉思汗(ジンギスカン)・忽必烈(クビライ)等は、外来文化や医薬を吸収するのを、とっても重視しました。北京に建都(首都を建立する)した後の元朝は、元7年(1270年)に首都北京で西文薬物を専門とした「広恵司」を設立しました。13世紀までに、アラブ医学はヨーロッパにおいての最先進医学とされ、元朝皇帝は、アラブ人医師を招き、歴代の「広恵司」を主事するようにしました。「広恵司」の医師達は、中医学の発展にも貢献しました。

現在も使われている中薬(生薬)の没薬・胡廬巴は、当時「広恵司」に居たアラブ医師が本国から中国に持って来て・配制(調合)した中薬であります。
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by jbucm | 2013-12-16 09:30 | 中医学 | Comments(0)