『黄帝内経』筆記 蔵象学説(四十九)

霊枢・大惑論第八十①

篇名について 

「惑」とは迷う意味で、「大」は「とても」の意味です。『大惑論』とは高い所まで登るときの惑う感覚の原理を探究するという意味です。本篇は、目の構造、目と五臓との関係などを重点にして説明した。また、より高い場所まで登ると、より惑わされることを示した。『霊枢注証発微・巻九』には、「最初の二節は大惑の意義を論じた、故に篇名にした」。

なお、本篇は、善忘(健忘)、善飢(飢える)だが食べたがらない、不得臥(不眠)、多臥などの病機及びその治療原則を説明した。

【原文】黄帝問於岐伯曰:余賞上於清冷之台①、中階而顧、匍匐而前、則惑②。余私異之、窃内怪之③、独瞑独視、安心定気、久而不解、独博独眩④、披髮長跪、俯而視之、後久之不已也⑤。卒然自上、何気使然⑥?

【注釈】①余賞上於清冷之台:私は、高い台へ登ったことがある。「清冷之台」について、二つの解釈があります。其の一は『霊枢集注・巻九』の説明は東苑という台名です。其の二は高台の意味です。『類経・疾病類・八十一』には、こう説明した「高い所、その気は寒で、故に清冷之台と言う」。

②中階而顧、匍匐而前、則惑:台の中央まで行ったら、いつも後ろに振り向き、はって歩くようにする。それでも気持ちが落ち着かない。

③余私異之、窃内怪之:目が朦朧し、とても驚いて不思議に思う。

④独瞑独視、安心定気、久而不解、独博独眩:そして、独自に目を閉じてからまた開く、長い時間をかけて、気持ちを落ち着け冷静にするが、それでも解除できない。逆に、遠く見るほど、眩暈が酷くなる。

⑤披髮長跪、俯而視之、後久之不已也:髪をおろし、台の上に跪いて下のほうを見下ろす。こうしても気持ちが治まらない。

⑥卒然自上、何気使然:その後突然自動的に治まる。これはなぜでしょうか?

(次回へ続く)

(李)
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by jbucm | 2014-01-30 10:55 | 中医学 | Comments(0)

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