国立北京中医薬大学日本校が運営するブログです

by jbucm

張景岳


こんにちは、周です。今回は医家・張景岳の紹介です。

張景岳(1563~1640年)は、張介賓とも言い、会稽(今の浙江省紹興)人で、字を会卿と称し、明代の著名な医家で、温補派を代表する人物であります、その学術思想は後生に大きな影響を及ぼします。

彼は幼少から学問を好み、父(張寿峰)の指導の下で、経典医書を読み始めていました。少年(13歳頃)時代、父にしたがって都(北京)へ赴き、名医金英について医道を学びました。経史(経書と史書)百家に広く通じていた他、易経・道・兵法・音楽に秀で、古典医学(黄帝内経)に長じていました。性格が豪放であり、数年間の「功利成就」なしの軍隊生活を経て除隊した後、故郷に帰りました。その後、医道を潜心して医術が上達しました。
当時の人々に「再生仲景東垣」(張仲景・東垣の再来)と称賛されました。晩年(57歳)、臨床診療に専心し、著書にも専念しました。崇禎13(1640年)年に亡くなり、享年78歳でした。

中年時代からの張景岳は、著書することが多くなりました。30年の歳月をもっぱら≪黄帝内経≫の研究にかけ、原文を分類・摘録し、編を分けて注解を加えました。1624年に≪類経≫を完成しました。同年に編纂された≪類経図翼≫≪類経附翼≫は、≪類経≫に対する追加説明(図或いは付加説明文で説明する)でした。この三書は、以後≪黄帝内経≫を学ぶ者に大きな便宜を提供することとなりました。
f0138875_1275197.gif


後世の医家は、張景岳が温補派を代表する中心人物であると思いますが、彼は温補だけを主張するではなく、温補を重視したわけであります。その他の多方面の治法・医学理論にも研究しました。また易経・道・兵法・音楽にも造詣が深かったです。

晩年の著作には、《景岳全書》六十四巻があります。全書は内容が豊富で、総合的な医書で言え、価値がある臨床参考書であります。
[PR]
by jbucm | 2014-10-27 09:30 | 中医学 | Comments(0)