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『黄帝内経』筆記 蔵象学説(八十六)

霊枢・本神第八②

【原文】黄帝問于岐伯曰:凡刺之法、必先本于神①。血・脈・営・気・精・神、此五藏之所藏也②。至其淫泆離藏則精失、魂魄飛揚、志意悗恍乱、智慮去身者、何因而然乎?天之罪与?人之過乎③?何謂徳・気・生・精・神・魂・魄・心・意・志・思・智・慮?請問其故。
岐伯答曰:天之在我者徳也、地之在我者気也④、徳流気薄而生者也⑤。故生之來謂之精、兩精相搏謂之神⑥、隨神往來者謂之魂⑦、並精而出入者謂之魄⑧。

【注釈】①凡刺之法、必先本于神:針刺の一般的法則は人体の生命活動を根本とするべきである。「神」とは、生命活動の主宰であり、臓腑精気の現れである。もし神気が尽きたら、いかに治療の技術が上手く措置が正しくても無理である。ここは、神の盛衰が治療効果を左右すると強調したものである。

②血・脈・営・気・精・神、此五藏之所藏也:血・脈・営・気・精・神は五臓に藏される生命活動を維持する物質および原動力である。

③至其淫泆離藏則精失、魂魄飛揚、志意悗恍乱、智慮去身者、何因而然乎?天之罪与?人之過乎?:もし七情が過度になると、内臓に分離されてしまい、次第に精気が散逸し、魂魄が定まらなく、意志が乱れ動転し、思考決断力が喪失する。この原因は何であるか?自然の災難か、人為的な過ちであるか?
「淫泆(いんいつ)」とは、嗜好欲が過度である、勝って気ままであることを指す。

④天之在我者徳也、地之在我者気也:天が我々に授けたものは「徳」であり、地が我々に授けたものは「気」である。天の「徳」とは「道」であり、法則と規律である、即ち自然界の気候、日光、空気、雨露など正常な規律を指す。地の「気」とは土地が我々に授けた生存に必要な物質であり、即ち飲食五味などである。『素問・六節蔵象論』には「天食人以五気、地食人以五味」と記載してあり、同じ意味であるが、より深い道理が含まれている。

⑤徳流気薄而生者也:天の徳が下り、地の気が上がる、二者が交わし、(天地の)陰陽が結ばれ、万物に化生するこそ、人間が生存する。「徳流気薄」とは、天徳地気が上下交わすことである。ここは、生命の生存と延長継続には、天陽の気と地陰の気の交わすことに頼ることを説明した。

⑥故生之來謂之精、兩精相搏謂之神:人間の生命の原始的物質を「精」と謂う;兩精(男女の精)が結合して新たな生気になり、それを「神」と謂う。「兩精相搏謂之神」の「兩精」についての注釈が三つあるが、ここは『類経・蔵象類・九』の注釈に従い、「先天の精」を意味する。本文の「神」は、「魂・魄」などと同じく、主に精神意識と精神活動を指す。

⑦隨神往來者謂之魂:神気に伴う精神活動を「魂」と謂う。「魂」とは、精神活動の形式の一種であり、陽に属し、「陽神」とも称される。血に蔵され、肝に主宰される。『類経・蔵象類・九』に次のように記載している:「魂」というのは、夢でみているよう、幻覚のようなものである。もし神が魂を支配しなくなると、無意識的な感覚や動作(寝言、夢遊病、幻覚)が現れる。故に、神が安定であれば魂が蔵される。臨床では、「心不蔵神」で不眠になるケースが見られる。その治療は安神の他に龍骨、牡蠣など「斂魂」の生薬も使われる。

⑧並精而出入者謂之魄:精に従って出入するものを「魄」と謂う。「魄」とは先天的本能的感覚と動作(非条件的反射)である。例えば、乳児の吸啜(きゅうてつ)反射、まばたき反射など。『類経・蔵象類・九』に次のように記載している:「魄」の作用は、動作で痛痒を覚える。魄も精神活動の形式の一種であるが、魂に対して、陰に属し、「陰神」とも称される。気に蔵され、肺に主宰される。精が化気でき、精が充実であれば気も満ち、魄も旺盛である。故に、魄が「並精而出入」と言う。

(次回へ続く)

(李)
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by jbucm | 2014-12-11 10:31 | Comments(0)