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『黄帝内経』筆記 病因病機学説(二十八)  

霊枢・賊風第五十八④

【原文】黄帝曰:今夫子之所言者、皆病人之所自知也。其毋所遇邪気、又毋怵惕之所志、卒然而病者、其故何也?唯有因鬼神之事①?岐伯曰:此亦有故邪留而未発、因而志有所悪、及有所慕、血気内乱、両気相搏②、其所從來者微、視之不見、聽而不聞、故似鬼神③。黄帝曰:其祝而已者、其故何也?岐伯曰:先巫者、因知百病之勝、先知其病之所從生者。可祝而已也④。

【注釈】①今夫子之所言者、皆病人之所自知也。其毋(む)所遇邪気、又毋怵惕(じゅつてき)之所志、卒然而病者、其故何也?唯有因鬼神之事乎:先生が言っているのは皆病人が知ることができるものである。外来邪気の侵入もなければ、驚くや恐怖など情志による刺激もなく、突然発病する人もいる、それは何故?ただ鬼神によるものなのか?

②此亦有故邪留而未発、因而志有所悪、及有所慕、血気内乱、両気相搏:これも故邪が体内に停留し発病しなかったものである。情志の変化によって悪化、或は慕情を抱いているが遂げない、体内の気血が逆乱を引き起こし、体内に潜伏してある故邪と結び合い、病変が起こる。

『霊枢注証発微・巻七』の注釈:「両気相搏」の「両気」とは、体内に稽留し発病してない故邪と情志波動による血気逆乱のことである。

③其所從來者微、視之不見、聽而不聞、故似鬼神:これらの内在変化はとても微細で察知しにくく、見ることも聞くこともできないから、鬼神によるものに似ている。

④其祝而已者、其故何也?先巫者、因知百病之勝、先知其病之所從生者。可祝而已也:鬼神によるものでなければ、なぜ「祝由」の方法で治療できるの?古代の巫術者は、病気の治療方法と、その病気が発生した原因が事前に知っているから、「祝由」の方法でその病気を治せる。

「百病之勝」とは、主に各種疾病の治療方法を指す。

「祝由」について、呉鞠通が曰く:「祝由」二字は『素問』に出たものである。「祝」は告げる、「由」は病気の由来である。「巫家」を「祝由科」とし、十三科の一つとなる。『内経』では、「巫」が医科でないと否認しているが、われは凡そ内傷病を治療する際、必ず患者に病気の由来を先に詳しく告げる、患者がそれを知ることで病気の再発することが防げる……現代では、「祝由」の方法は主に精神情志による疾病の治療に用いられる。

(続く)

(李)
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by jbucm | 2016-05-30 10:25 | 中医学 | Comments(0)