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by jbucm

カテゴリ:中医学( 458 )

素問・至真要大論篇第七十四(選び出す)②

【原文】帝曰:気有多少、病有盛衰、治有緩急、方有大小、願聞其約、奈何?岐伯曰:気有高下、病有遠近、証有中外、治有軽重、適其至所為故也①。『大要』曰:君一臣二、奇之制也;君二臣四、偶之制也;君二臣三、奇之制也;君二臣六、偶之制也②。
故曰:近者奇之、遠者偶之;汗者不以奇、下者不以偶③;補上治上、制以緩;補下治下、制以急;急則気味厚、緩則気味薄。適其至所、此之謂也④。病所遠而中道気味之者、食而過之、無越其制度也⑤。是故平気之道、近而奇偶、制小其服⑥也。遠而奇偶、制大其服⑥也。大則數少、小則數多。多則九之、少則二之⑦。奇之不去則偶之、是謂重方。偶之不去、則反佐以取之⑧、所謂寒熱温涼、反従其病也。

【注釈】①気有高下、病有遠近、証有中外、治有軽重、適其至所為故也:『素問呉注・巻二十二』の注釈では「病気に上下があり、病位に遠近があり、証候には内外がある。薬を使う際に軽重がある。要するには、薬気が適切に病所に達すことが原則である」。
「病有遠近」とは、病位のことを指す。心肺が近、肝腎が遠、脾胃が中とされる。また、体の上部が近で下部が遠とされる。

②『大要』曰:君一臣二、奇之制也;君二臣四、偶之制也;君二臣三、奇之制也;君二臣六、偶之制也:『大要』が言う:君薬を一、臣薬を二にするのは、奇方の制度である;君薬を二、臣薬を四にするのは偶方の制度である;君薬を二、臣薬を三にするのは、奇方の制度である;君薬を二、臣薬を六にするのは偶方の制度である。

③近者奇之、遠者偶之;汗者不以奇、下者不以偶:病が近のもの者は奇方を使い、病が遠のものは偶方を使う;発汗に奇方を使わず、攻下には偶方を使わない。この4つの言葉に対する注釈が幾つあって、『素問呉注・巻二十二』では、「近者奇之、遠者偶之」は虚証に対する補の治療法で、「汗者不以奇、下者不以偶」は実証に対する瀉の治療法である。この注釈に従う。なお、周学海氏は「奇、偶」について、ただの数字の奇偶ではなく、方薬の作用の単一と複雑であることと理解したほうが良いと主張している。

④補上治上、制以緩;補下治下、制以急;急則気味厚、緩則気味薄。適其至所、此之謂也:身体の上部を補益及び治療する方剤は緩(緩和するもの)が宜しい;身体の下部を補益及び治療する方剤は急(強いもの)が宜しい;急即ち気味が濃厚で、緩即ち気味が薄いものである。「適其至所」とはこれを謂う。

⑤病所遠而中道気味之者、食而過之、無越其制度也:『素問集注・巻九』の注釈は、病所が遠で薬の気味が中道のものは、食事と服薬の順序を調整(病が上にある場合は、食事の後に服薬し、病が下にある場合は、食事の前に服薬)する。この制度を反してはいけない。

⑥小其服、大其服:『素問集注・巻八』に次のように説明している:大服と小服とは、分量の軽重を謂い、大方と小方のことである。大方は生薬の数が少なく用量が重い、気味が単独で遠くまでたどり着く(作用が強く、病が深く重い者を治す);小方は生薬の数が多く用量が軽い、気味が多く力が弱いので、遠くまで行かない(作用が弱く、病が浅く軽い者を治す)。

⑦多則九之、少則二之:薬味が多いものは九に至り、少ないものは二味である。

⑧奇之不去則偶之、是謂重方。偶之不去、則反佐以取之:奇方で病が治らなかったら、偶方にする、これは重方と謂う。偶方でも病が治らなかったら、相反する薬味を使い反佐して、治療の目的を果たす。

⑨所謂寒熱温涼、反従其病也:所謂反佐とは、佐薬の性味で、病情の寒熱温涼と同じ性質であるものである。

【説明】本節は制方の原則、形式及び薬の服用方法を紹介した。まず、方剤の組成原則とその意義にについて、薬味の多少、用量の軽重、作用の強弱によって異なる名称を付けた、例えば、「大、小、緩、急、奇、偶、重、反佐」などである。それらの組方原則は方剤学の発展に土台を定めた。

反佐法の内容は二つある。その一は薬物の反佐(治法反佐と謂う)である、例えば、以寒治熱の時に少量な熱性の薬(生姜汁など)を加える;逆に、以熱治寒の時に少量な寒性の薬を加える(例えば、『傷寒論』315条に、白通と豚の胆汁で少陰下利が止まらなく、脈微厥逆、干嘔心煩の症を治療する)。その二は服用法の反佐である、例えば、寒薬で熱病を治療の時に、温服が良い;逆に熱薬で寒病を治療の時に、涼服が良いということである。後世に「承気熱服、姜附寒飲」という言い方がある。『素問・五常政大論』にはこう謂っている:「治熱以寒、温而行之;治寒以熱、涼而行之」。

(最近、『黄帝内経』の勉強をかなりさぼっています。これからは、少しずつ続けたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。なお、『素問・至真要大論篇』の内容はとても多くて、選び出したのは重要な部分ですので、これらの内容を是非ご一緒に勉強しましょう。)

(李)
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by jbucm | 2016-10-31 09:56 | 中医学 | Comments(0)

孫思邈巧治脱肛

こんにちは、周です。医家・孫思邈逸話を紹介します。 

第四話:孫思邈巧治脱肛
唐の貞観年間、河南府ある少尹(尹=官名、地方の長官)は使者として東女国に出向しています。この少尹は平素身体健壮ですが、最近脱肛(病)に悩まされています(咳嗽すると肛門や直腸の下のほうの粘膜が肛門外に脱出する、時に夢精滑精する、頭暈などを伴う)。当地の名医の診察・治療を受けましたが、好転しませんでした。

孫思邈は丁度用事(親戚を訪問する)があってその地を通過しました。少尹は孫思邈の往診を要請しました。孫思邈は少尹を診査しました:脈沈細無力、舌胖嫩、苔少而潤。周囲に美貌な妾は少なくとも10人も居ます。過度な房労(過度な性生活のために起こる虚損状態、色欲傷・色労・房室傷ともいう)による腎陽虚と、孫思邈は知り(診断)ました。
孫思邈は何にも言わず帰ろうとした時、少尹が自分の病情を問いました。
孫思邈はこう言いました:もし大人(地位の高い長官に呼びかける敬称)は誠意があれば、身分を落として医者の話を守って頂けますか?少尹は「はい」と返事しました。孫思邈は、1000日間一人暮らし(独身に戻る)、女色(性生活)を離れることを要求しました。少尹は照れて「はい」と答えました。
そして孫思邈は小瓶を取り出して少尹に渡し、こう言いました:朝晩2回、瓶に入ったものを少し鼻内に入れて鼻を揉み揉み、10回位クシャミをさせる。少尹は試してやったら、すぐクシャミを連発し、涙と鼻水を出てきました。

孫思邈は微笑んで言いました:欲速不達(功を急げば目的を達することができない)。毎回少しでよいです。クシャミが多すぎると体力は持てないですよ。また少尹が今まで飲んでいる・補気方薬に少々補腎壮陽薬を加えました。治ったら薬を止めてください、と言いました。

その後、脱肛を治した少尹は(孫思邈に)謝恩するため上京しました。病を治された訳を聞きました。孫思邈は笑いながらこう言いました:大人は過度な性生活のため、腎陽虚衰→脾陽虚→中気虚弱→中気下陥→脱肛。差し上げた薬は只の通関散です。通関散は通関開竅作用があり、クシャミをしたら引気上行(気を上に引き上げて行く)し、1000日間の性生活をしなかったも加え、補腎益気薬を飲んだりして、三管斉下(三方面を一斉にやる)で効果が得ないわけはないでしょう。大人切記、病癒亦須節欲養生(よく覚えて下さいー病癒後も節度なセックス、養生が必要である)。あれからの少尹は養生之道を心かけして、100歳余まで生きられたそうです。

現代医学では、クシャミをすると横隔膜を上昇させ、内臓も一緒に持ち上げるので、中気下陥による内臓下垂(脱肛、子宮脱=子宮下垂)にある程度の効果があると認識します。

附:通関散の組成
甘草、人参、白朮、茯苓、桔梗、防風、荊芥、薄荷、乾姜、附子
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by jbucm | 2016-10-24 09:30 | 中医学 | Comments(0)

孫思邈医心虫病

こんにちは、周です。医家・孫思邈逸話を紹介します。

第三話: 孫思邈医心虫病
唐太宗が高麗(朝鮮)を征服したときのできことです。
ある日、連続の行軍や地形(河川がなくの山岳地帯)・天候不良も加え、将士(将校と兵士)と馬は脱水症状に陥った状態です。夜明け前に、一行は山谷に入り、大きい水坑(水たまる)が突然目の前にありました!将士が言葉で表せないほど大喜びー命の水だ!!万歳!!水坑の水を汲んで豪飲(痛飲)しました。もちろん唐太宗も飲みました。皆は大満足!
豪飲した後、その水坑の傍に一休みして夜明けしました。あぁ……不好(やばい)、一坑汚水だ!!!よく見ると、水の中に小さい虫が沢山遊動しています。唐太宗は「この水を飲んちゃんダメだ、病気になる」と思ったが、口には言わなく(将士ら皆飲んだから)、将士達を率いてその地を去りました。

その後, 唐太宗は高麗(朝鮮)を征服して班師回朝(軍を引き返す、凱旋する)。宮殿で食って寝ての毎日です。「無事生非」(諺である。暇で理由もないのに、わざわざ悶着を起こす)ー美味しい山珍海味(山の幸・海の幸)を食べながら、高麗の水坑にいた小さい虫を浮かんで食欲がなくなり、私もその水を飲んだから、もしかして腹に虫がいる、と頭の中にずっと思いました。
この様子で暫くすると、食べ物・飲み物を見ると満腹疑心(頭が疑念でいっぱいである、虫虫虫…)飲食できなくなり、本当に病気になりました。
皇帝を診察した太医(皇族に専属する医者)はこう言いました:陛下、あなたは病気がなく、とっても健康です。
太宗は叱りました:真乃庸医也(庸医=やぶ医者)。
何人かの太医も診察しましたが、前回同様に怒鳴れて寝宮(宮殿)を追い出されました。

その後、唐太宗は太医の診察を一切拒否し、「病」が益々悪化して行きました。仕方がなく、大臣は田舎名医・孫思邈を呼び寄せしました。
孫思邈は唐太宗を診察した後、少々沈思してこう言いました:そうです、間違いなく小さい虫が陛下のお腹に居ますね。退治しなければなりません。私は薬丸を作って差し上げますので、薬丸を飲んだら虫が殺せます。
宮殿を出た後、孫思邈は早速薬丸を作りましたー10個蝋丸(ろうで作った丸剤、蝋丸の中に蝋制の細長い虫を包む)。再び宮殿に入ります。蝋丸を手にして、用法用量を唐太宗に説明します:毎日1個を飲んで下さい、害虫を死んだか(殺した)を確認したいので、万歳(=皇帝)が排出した大便を捨てないで下さい、私は(大便を)見ます。
唐太宗は言われ通り10日間で蝋丸を全部飲みました。11日目の朝、孫思邈が唐太宗の目の前で(唐太宗の)大便を水で流して、露出してきた蝋丸を割って虫(蝋制の虫が飛び出しました。
唐太宗は驚喜しました:そうだそうだ、この虫たちは私を苦しめました!!愛卿真是妙手回春(妙手回春=すぐれた医術で病気がたちまち治る、医者をほめる言葉)。

孫思邈をねぎらうため、宴席を設けて招待しました。孫思邈に朝廷の官位を勧めましたが断れて、翌日離朝還郷(孫思邈は朝廷を後にして故郷に帰りました)。
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by jbucm | 2016-07-18 09:30 | 中医学 | Comments(0)
素問・至真要大論篇第七十四(選び出す)①

篇名について

「至」とは「極めて」の意味である。「真」とは「精微」、広くて深いという意味である。「要」とは重要、綱要の意味である。『素問呉注・巻二十二』ではこう言っている、「道無尚謂之至、理無妄謂之真、提其綱謂之要(道にその続きがなければ至と謂う、理に妄りがなければ真と謂う、其の綱を分てれば要と謂う)」。

本篇は主に五運六気の関する概念及び六気の変化で引き起こす疾病の病機、証候、診断、治法などを討論した。これらの理論は極めて精深で重要であるため、『至真要大論篇』と名付けた。『素問直解・巻八』に「この篇は六気司天、六気在泉、正化あり、勝復(運気用語、勝気と復気の関係、または勝復を応用した治則)あり、標本寒熱あり、調治逆従あり、五味の陰陽・制方と奇遇は、謹奉天道で、人体に合わせる。故に『至真要大論』と云う」とある。

本篇の主な内容:

1、六気司天在泉、主勝と客勝、勝気と復気の規律及びそれが万物に対する影響、病気となった場合の証候と治療大法。

2、標本中気の治療法則及びその重要性。

3、五臓の六気が主病の病機理論――即ち、病機十九条。

4、正治法と反治法の概念。

5、南政・北政と六気変化が脈象に対する影響及び診断意義。

6、五味の属性、作用とその各帰所喜の一般的規律、及び方を組む関連する原則。

7、疾病と「三虚」の関係。六気の変化によって辨証論治する。

(李)
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by jbucm | 2016-07-11 11:30 | 中医学 | Comments(0)

孫思邈的≪養生銘≫

こんにちは、周です。医家・孫思邈逸話を紹介します。

第二話: 孫思邈的≪養生銘≫
陜西省耀県孫家源は孫思邈の故郷であります。当地の薬王廟の前に石碑が建てられています、石碑に孫思邈が著した≪養生銘≫を刻まれています。以下はその全文です。
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↑ 石碑(写真)の左側に≪養生銘≫があります。

怒甚偏傷気、思多太損神
神疲心易疫、気弱病来侵
勿使悲歓極、当令飲食均
再三防夜酔、第一戒晨嗔
亥寝鳴天鼓、寅興漱玉津
妖邪難侵犯、精気自全身
若要無諸病、常当節五辛
安神宜悦楽、惜気保和純
寿夭休論命、修行在本人
倘能遵此理、平地可朝真

孫思邈は道教の信者で、人の「精・気・神」を重んじて「三宝」と見なします、だから篇の始めに精神と情志から論述します。次は飲食の面も要注意と告げて、特に夜間に大吃大喝(派手に飲み食いする)を防止しなければならない、と提起します。「節五辛」とは、五味の偏傷をしないように、どの意味です。「漱玉津」は、朝に目覚めたら、舌で上下腭を舐め、口に津液を溜めたら嚥下する、どの意味です。
孫思邈は養生有道(養生の方法・徳行)があって、百歳も身強体健(体が健康・丈夫であります)で、「百齢名医」と称されます。中高年の人々は、いまもう一度≪養生銘≫を復習し、養生のためにもなります。
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by jbucm | 2016-07-04 09:30 | 中医学 | Comments(0)
霊枢・賊風第五十八⑤

【説明】本段は情志致病及び祝由治病に関する論述である。

故邪が体内に稽留していれば、たとえ軽い情志の波動があっても、体内の気血の逆乱が発生し、疾病を引き起こす可能性がある。これは、人体の正気が発病に重要なポジションを占めることを強調している。

疾病の発生は神によるものではなく、故邪と新邪が遭い「両気相搏」によるものである。『素問・五蔵別論』にも「拘于鬼神者、不可与言至徳」があり、『内経』の素朴な唯物主義の疾病観を反映し、当時に流行していた「唯神論」を論難した。

なお、「祝由」で一部の疾病を治療できる理由を述べた。まず、「祝由」の施術者は患者発病の原因を把握している、所謂「先知其病之所従生(病の発生する処を先に知る)」;あとは、五行の相制の規律を把握しているからである、所謂「知百病之勝(百病を勝つことを知る)」。故に、彼らは、患者の苦痛を知り、適当な精神的諭し導き(カウンセリングに相当する)して、病情を減軽或いは治すことができる。原文にある「二知」(知百病之勝、先知其病之所從生)とは、一部の疾病に対する「祝由」の方法で治療する理論根拠でもあれば、すべての医者にとって疾病を正確に治療するキーワードでもある。『素問・至真要大論』に「必伏其所主、而先知其所因」がある。また、『素問・移精変気論』にも「祝由」に関する記載がある。『内経』の中、治病の制勝之法では、五志相勝法のほか、五味相勝法や暗示療法など多種あり、これらは、中医治療学の需要な組成部分である。上記のほかに、『素問・陰陽応象大論』、『霊枢・師伝』など、関連する章節を合わせて勉強することはお勧めです。

本篇の主な内容は、①寒痺の病因病機と「因加而発」の意味及びその機理、②故邪を持つ上に情志素因が加えられた時の病理及び病変の特徴、③「祝由」が一部の疾病を治療できるとその道理などである。

では、『霊枢・賊風』の勉強はこれで終わりにします。次回からは、『素問・至真要大論』の一部を勉強しましょう。


(李)
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by jbucm | 2016-06-27 10:53 | 中医学 | Comments(0)
こんにちは、周です。今回は中医名言―「従陰陽則生、逆之則死」を紹介します。

出典:《素問・四気調神大論》
「従陰陽則生、逆之則死」は、「陰陽に従えば則ち生きられる、それに(陰陽)逆らえば則ち死んでしまう」の意味です。

陰陽は事物の異なる属性であり、各種な事物に体現されています。それは古人が長年にわたっての生活や実践して得た認識でありますー自然界の事物の変化は、すべて陰陽の対立と統一の両面性を持つ。陰陽の対立と統一は内在に連係・相互作用・絶えない運動していて、事象の発生・発展・変化・消滅を支配して根源(原動力)であります。そこに《素問・陰陽応象大論》には「陰陽者、天地之道也、万物之綱紀、変化之父母、生殺之本始」とあります。人間は自然界に生存し、天地の陰陽四時の気を適応しなければなりません、もしこれを反したら、生命の根本(元真)を破壊され、疾病を発生し、甚だしい場合は死んでしまいます。これは中医学の「天人相応」(天人合一)という理論の重要性を反映しています。
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by jbucm | 2016-06-06 09:30 | 中医学 | Comments(0)
霊枢・賊風第五十八④

【原文】黄帝曰:今夫子之所言者、皆病人之所自知也。其毋所遇邪気、又毋怵惕之所志、卒然而病者、其故何也?唯有因鬼神之事①?岐伯曰:此亦有故邪留而未発、因而志有所悪、及有所慕、血気内乱、両気相搏②、其所從來者微、視之不見、聽而不聞、故似鬼神③。黄帝曰:其祝而已者、其故何也?岐伯曰:先巫者、因知百病之勝、先知其病之所從生者。可祝而已也④。

【注釈】①今夫子之所言者、皆病人之所自知也。其毋(む)所遇邪気、又毋怵惕(じゅつてき)之所志、卒然而病者、其故何也?唯有因鬼神之事乎:先生が言っているのは皆病人が知ることができるものである。外来邪気の侵入もなければ、驚くや恐怖など情志による刺激もなく、突然発病する人もいる、それは何故?ただ鬼神によるものなのか?

②此亦有故邪留而未発、因而志有所悪、及有所慕、血気内乱、両気相搏:これも故邪が体内に停留し発病しなかったものである。情志の変化によって悪化、或は慕情を抱いているが遂げない、体内の気血が逆乱を引き起こし、体内に潜伏してある故邪と結び合い、病変が起こる。

『霊枢注証発微・巻七』の注釈:「両気相搏」の「両気」とは、体内に稽留し発病してない故邪と情志波動による血気逆乱のことである。

③其所從來者微、視之不見、聽而不聞、故似鬼神:これらの内在変化はとても微細で察知しにくく、見ることも聞くこともできないから、鬼神によるものに似ている。

④其祝而已者、其故何也?先巫者、因知百病之勝、先知其病之所從生者。可祝而已也:鬼神によるものでなければ、なぜ「祝由」の方法で治療できるの?古代の巫術者は、病気の治療方法と、その病気が発生した原因が事前に知っているから、「祝由」の方法でその病気を治せる。

「百病之勝」とは、主に各種疾病の治療方法を指す。

「祝由」について、呉鞠通が曰く:「祝由」二字は『素問』に出たものである。「祝」は告げる、「由」は病気の由来である。「巫家」を「祝由科」とし、十三科の一つとなる。『内経』では、「巫」が医科でないと否認しているが、われは凡そ内傷病を治療する際、必ず患者に病気の由来を先に詳しく告げる、患者がそれを知ることで病気の再発することが防げる……現代では、「祝由」の方法は主に精神情志による疾病の治療に用いられる。

(続く)

(李)
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by jbucm | 2016-05-30 10:25 | 中医学 | Comments(0)

羅漢果

こんにちは、周です。今回は生薬―羅漢果の話です。

羅漢果は、ウリ科の多年草つる性植物で中国の特定地域のみ栽培されています(のちに説明します)。生の羅漢果を日本で目にすることはできませんが、店頭で目にするのは全て乾燥羅漢果で茶褐色をした直径5㎝前後のボール状のものです。仮苦瓜とも呼ばれます。性味は甘涼で、肺・脾経に帰経します。清肺利咽・潤腸通便作用があります。百日咳・痰火咳嗽・咽喉腫痛・血燥胃熱・大便乾結不通に用いられます。
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現代栄養学では、羅漢果には砂糖の300倍の甘みをもち、甘味の成分はテンペングルコシド配糖体というものであることを証明しました。このテンペングルコシド配糖体は水溶性の食物繊維で体内では吸収されにくいためカロリーはゼロで、しかも満腹感が得られます。血糖値も上がらないので、糖尿病患者の理想食品とされています。羅漢果はカリウムやりん、カルシウム、鉄分等のミネラルが豊富です。最も注目すべき点は、強い抗酸化作用です。この抗酸化作用とは体内の活性酸素を除去する働きのことで、体内で過剰になった活性酸素を除去し病気を防いでくれます(活性酸素が過剰になると老化促進、癌、高脂血症、動脈硬化、心疾患、アレルギー、喘息、炎症、パーキンソン病、膠原病、認知症等の原因とされています)。

羅漢果の由来を紹介します。
大昔、ある瑤族の樵夫(木こり人)の母親は咳喘(病)を患い、治療されても効果がありません。親孝行の樵夫は母親の病状を心配していました。ある日、彼は仕事のため入山しました、木を切る際、腕が蜂に刺されて・赤く腫れて来て痛くなりました。その時、丁度傍に青藤(青いつる、のちに羅漢果と呼ばれるもの)に実っている果実をとって味見し(その果実は香がよく、甘くて美味しかった)、噛んで刺し傷につけました。暫くすると、腕の赤腫は緩和できました。下山する時、母親に食べてもらうので、その果実を持ち帰りました。そうすると、その果実を食べた母親の咳喘は良くなりました。ある郎中(中医師)は、この事を聞いた後、その果実を研究・実践して消炎止痛・清熱解毒・止咳利咽作用があることを発見しました。郎中の名前は「羅漢」と言いますので、その果実を「羅漢果」と呼ばれるようになりました。

附:
羅漢果は中国南方の広西壮族自治区・桂林周辺でしか育ちません。つまり、羅漢果の生育環境条件としては降雨量が多く、日照時間が短く、昼夜の温度差が大きく、水はけの良い土地という要素を全て満たした土地が必要です。これらの要素を全て満たしている唯一の土地が桂林周辺の土地です。しかも桂林一帯は太古の時代に海が隆起してできた土地のため海水のミネラル成分を多く含み、これが羅漢果の薬効を高めている原因の一つでもあります。
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by jbucm | 2016-05-23 09:30 | 中医学 | Comments(0)
霊枢・賊風第五十八③

【説明】(3月24日の分)本段は、故邪が体内に稽留すると新邪を感受し発病し易いという発病学観点を提出し、正気不足が発病の根本であることを強調している。

原文では、体内に存在し発病してない邪気を「故邪」称している。こう言う「故邪」が体内稽留して一時的に発病しない、その主な原因は身体に正気がまだ充分である。しかし、時間が経つと正気が段々損傷され、他の邪気を感受し易くなる。だから、突然過度な喜怒、不適切な飲食を摂る、突然の気温変化などがあったら、新邪を感受して、病気を誘発してしまう。これらの論述は、臨床で問診の際、病歴を詳しく聞くことの重要性を示した。多方面から発病の原因とその内在関連性を探り出し、明確に弁証することで、正確な治療ができるわけである。

なお、本段は寒痺の原因(宿邪の湿気、瘀血と新邪の風寒)と病機(血気凝結、経絡閉阻)を説明している。これらの内容に関しては、『金匱要略・血痺虚労』にも詳しく論述している。


(李)
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by jbucm | 2016-05-16 10:10 | 中医学 | Comments(0)