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夏季講習会(その1)

こんにちは、先週の土日(7月28日・29日)夏季講習会(その1)を行われました、今回はその内容を紹介します。

中医薬膳専科の調理実習は、調理室で、気功美容養生特別講座は別館教室で行われました。

「夏・長夏の薬膳料理・薬膳に使える中薬」のテーマに沿って、中医食養学会の鳳寛子先生・村岡奈弥先生、田中康子先生の丁寧にご指導して下さいました。

中村きよみ先生は、開会のご挨拶を頂きました。
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午前(10~12時)は鳳寛子先生より、「夏・長夏の薬膳」を講義して頂きました。
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午後は、よく雑誌やテレビ番組で目にかかります、村岡奈弥先生が、夏・梅雨の薬膳料理方法を解説しながら、演じて下さいました。今回のメニューは、今回のメニューは、①はと麦・緑豆・山芋入り炊き込みご飯、②冬瓜と豆腐団子のスープ、③苦瓜としらす干しの小鉢 でした。
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最後に、田中康子先生から荷葉茶・南蛮茶(トウモロコシのヒゲ茶)・祛暑茶の作り方や効用の講義を聞きながら、試飲しました。
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少し疲れたかな~と思いますが、5時間で、豊富な内容で、しかも普段の講義で、できない内容でした。帰りの時、皆さんが連日の暑さは、何処かに飛んだ顔でした。

いつもご協力下さいました、日本中医食養学会の先生方やスタッフの皆様、大変お疲れ様でした。本当に有難うございました。

宋先生の夏季特別講座は、凄い人気があり、毎年定員となります。今年は2日間(28・29日)も満員でした。私は午前中の宋先生の気功美容養生特別講座を聴講しました。
ここで三つ「8」運気法を少し紹介します。

『霊枢・邪気臓腑病形篇』に、「十二経脈、三百六十五絡、其気血皆上于面而走空竅。」という記載がありました。この功法は、面部(顔)に玄関竅、印堂と人中と耳前の額動脈の処を起点として、三つ「8」の字を書くように回しながら運気する。これが、面部の経脈気血を疏通できるので、美容と健康作りに効果あるだけではなく、面部の疾病の治療もできます。
1つ目:印堂を中心にして、両目を寝かせた8を書くように。
2つ目:人中を中心にして、上は額まで、下は顎まで、立たせた8を書くように。
3つ目:耳(額動脈の処)を中心にして、片(遠いほう)の顔まで寝かせた8を書くように。両耳で交替でやる。
図をご参照下さい。
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生徒さんの一人をモデルして、宋先生がやり方を演じて下さいました。
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by jbucm | 2012-07-30 09:36 | 学校行事・お知らせ | Comments(0)
素問・陰陽応象大論篇 第五⑯

【原文】 故天之邪気,感則害人五藏⑦;水穀之寒熱,感則害於六府⑧;地之湿気,感則害皮肉筋脉⑨。

【注釈】 ⑦天之邪気,感則害人五藏:「天之邪気」とは、外感六淫の邪気である。それを感受すると、人の五臓に害を与える。元々六淫邪気は体表に侵入するというが、最終的に五臓に到る。なお、ここでは、⑧と⑨と語気をそろって、邪気が人体を損傷するルートは三つあり、即ち五臓、六腑と皮肉筋脉である。

⑧水穀之寒熱,感則害於六府:水穀は養生に必要なものだが、適切に摂ってなければ、人の六腑を損傷することが十分にできる。

⑨地之湿気,感則害皮肉筋脉:『素問注証発微・巻一』はこう注釈してある:「清湿の地気が足から人体に侵入し、先ずは皮肉筋脉に害を与える」。

【説明】本節(前回と今回の分)は、上文の「治療は、天地の理の法則に従うべき(臨床の弁証論治の際に天地陰陽四時に合わせて分析すべきこと)」の続き、天地の邪気が人体に侵入したあと、表から裏へ入る順次(皮毛→肌膚→筋脉→六腑→五臓)を論述し、なお、「治療は早くするべき」という原則を提唱した。これは、中医の予防医学に一つの重要な方面である。

また、異なる邪気が人の異なる部位を侵害することを論述した。一般的に、天の温熱の陽邪は、鼻や喉から肺に侵入し、伝変が比較的に速く、五臓を損傷し易い;地の寒湿等の陰邪は、皮毛から肌肉筋脉へ侵入し、伝変が比較的に遅く、形体を損傷し易い;一方、水穀の寒熱を不適切(清濁を分けず、食べる時間を守らず)に摂取したら、腸胃から入り、六腑を損傷し易い。

『内経』の他の章節にも同じような論述がある。例えば、『霊枢・百病始生』には「喜怒不節は蔵を、風雨は上を、清湿は下を損傷する。」;『太陰陽明論』には「傷風のものは上が先に受け、傷湿のものは下が先に受ける」などの記載があった。これらの論述は違う角度、或は違う理論原則から提唱してあるが、「異なる致病素因が人の異なる部位を侵害する」という一般的な規律を指摘した。なお、疾病の発生には邪気の他に、飲食の不摂生も原因の一つであると指摘した。


(李)
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by jbucm | 2012-07-26 09:43 | 中医学 | Comments(0)
7月21日(土)午後2時より、国立北京中医薬大学日本校が、平成24年10月生募集説明会を開催致しました。ご多忙中、全国から約50名の方々がお集まり頂き、有難うございました。

植松 捷之理事長より、開会のご挨拶と日本校の運営体制と北京中医薬大学北京本校などを紹介致しました。高 鶴亭学長は体調不良為、説明会に来られませんでした。メッセージを送られてきましたので、教務担当の李 宏が読み上げました。北京の本校は日本人が中医学の勉強のため、全力を尽くしてサポートすると、日本で本場の中医学を学ばれることは大変良いことで、是非このチャンスを見逃さないでください。との内容でした。
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当校の卒業生・日本中医食養学会の副会長の中村 きよみ先生より「中医学を活かして」などの話をして下さいました。
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その後、北京中医薬大学本校から派遣されている金教授・韓教授から御挨拶を頂きました。金教授は読書についての話でした。韓教授は日本での中医学を活用する話もありました。
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最後に、教務担当の李 宏が、日本校の各コースのカリキュラム・教材や講師・卒業後の取得資格等について説明しました。
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説明会にご参加できなかった方は、ご都合のよい時に学校へお越し頂ければ、いつでも個人相談をさせて頂きますので、是非、お気軽にお申し出下さい。土日曜日にお越しの場合は、個人相談に兼ねて一日無料体験入学もできます。

なお、ご質問、または資料請求の場合は、こちらにE-メールinfo@jbucm.com、又は、 電話: 03-3818-8531 FAX: 03-3818-8532にご連絡下さい。
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by jbucm | 2012-07-22 16:46 | 学校行事・お知らせ | Comments(0)
素問・陰陽応象大論篇 第五⑮

【原文】故邪風之至,疾如風雨①。故善治者治皮毛②,其次治肌膚③,其次治筋脉④,其次治六府⑤,其次治五藏。治五藏者,半死半生也⑥。

【注釈】①邪風之至,疾如風雨:「邪風」は、広く六淫外感の邪気を指す。「至」は、侵入の意味である。六淫邪気が身体への侵入は、風と雨のように速い。

②善治者治皮毛:陽邪が始めに人体を襲う時は、皮毛と気分を損傷する。故に、善治者(治療が上手い者)は陽気を助け、邪気を宣散して(邪気が)中へ入って陰気を損傷することを防ぐ。王氷は「止于萌也」と言った。

③其次治肌膚:邪気が皮毛に停留していれば、肌膚に入ってしまう。肌膚はまだ外の気分に属すから、この時はまだ邪気を外で解消できる。故に、これは次の治療方法である。王氷は「救其已生」と言った。

④其次治筋脉:邪気が肌膚に停留していれば、今度は経脈に入ってしまう。経脈は中に臓腑とつながり、外に躯幹と四肢と絡している。故に、善治者は、この場合に治療に経脈で邪気を解消し、(邪気が)中の臓腑への侵入を防ぐ。これは治療の法則であるが、また上に次ぐ方法である。王氷は「攻其已病」と言った。

⑤其次治六府:邪気が経絡に停留していれば、中に入ってしまうから、故に六腑から治療する必要がある。王氷は「治其已甚」と言った。

⑥半死半生:「予後が悪い」という意味である。六腑での治療に次ぐ方法は五臓での治療である。邪気が五臓経気の間にあれば、まだ治療は可能だが、もし五臓に侵入してしまったら、治るのが少ない。故に「半死半生」という。王氷は「治其已成」と言った。


(李)
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by jbucm | 2012-07-19 10:19 | 中医学 | Comments(0)
素問・陰陽応象大論篇 第五⑭

【原文】天気通於肺,地気通於嗌,風気通於肝,雷気通於心,谷気通於脾,雨気通於腎⑤。
六經為川,腸胃為海⑥,九竅為水注之気⑦。以天地為之陰陽,陽之汗,以天地之雨名之;陽之気,以天地之疾風名之⑧。暴気象雷,逆気象陽⑨。
故治不法天之紀,不用地之理,則災害至矣⑩。

【注釈】⑤天気通於肺,地気通於嗌,風気通於肝,雷気通於心,谷気通於脾,雨気通於腎:天気は清気で、呼吸の気であり、五臓に入るが、先に喉に経由し肺に入る。地気は濁気で、飲食の気であり、六腑に入るが、先に咽に経由し胃に入る。風は木の気であり、肝は木に属すから、故に風気は肝に入る。雷は火の声であり、心は火の臓なので、故に雷気は心に入る。谷気は土気であり、脾は土に属すから、故に谷気は脾に入る。雨気とは、寒水の気であり、腎は水臓なので、故に雨気は腎に入る。

⑥六經為川,腸胃為海:六經とは、三陰経脈と三陽経脈のことで、川のように、気血を周身に流される。腸胃は水穀を納める。故に、「六經は川,腸胃は(水穀の)海」と言う。

⑦九竅為水注之気:張介賓の注釈はこう言った、「水注之気は水気之注と言う。例えば、目の涙、鼻の涕、口の津、二陰の尿穢など。耳に水がないようだが、耳中の耳垢は津気湿によるもので、即ち水気のことである。気があれば、必ず水もあるから、故に水注之気と言う。」

⑧陽之汗,以天地之雨名之;陽之気,以天地之疾風名之:張介賓の注釈はこう言った、「雨は即ち人の汗、汗は即ち天の雨。皆陰精から化したもので、雨が汗の譬えになる;気は元々陽に属す、陽が勝てば、気が速まる。故に陽気を天地の疾風に譬える。」

⑨暴気象雷,逆気象陽:暴気とは、怒気であり、雷の如く、突如に起きる。逆気とは、身体の上逆の気であり、陽(火)のように昇藤する。

⑩故治不法天之紀,不用地之理,則災害至矣:治とは、身体を調養することである。身体の陰陽は、天地の陰陽と同じだから、身体を調養するには、天の八紀や地の五里に従わないと、災害が来るのは間違いない。

【説明】本節(前回と今回の分)は、人と自然との統一的な学術観点を述べた。この理論は我々に、人体生命活動の規律を探索の際、自然の規律に合わせるだけではなく、臨床の弁証論治の際にも天地陰陽四時に合わせて分析しなければならないと指示した。

(李)
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by jbucm | 2012-07-12 10:25 | 中医学 | Comments(0)

蘇東坡と中医薬 其の①

こんにちは、周です。今回は蘇東坡と中医薬の話―其の① です。

北宋元祐四年(1089年)、蘇東坡が杭州太守就任前に、杭州の人口は37万に対して、医院は全然ありませんでした。彼は在任期間中、疫病流行する際、別処の名医を呼んで民衆を診察します。その後、名医が作った診断基準や処方された方剤を、手書きにして、城(街)のあっちらこっちらに貼り、百姓は、掲示されている中薬・方剤に従って、自分で薬を探し・服用して病気を治しました。

半年後、蘇東坡は義捐金や公益金を使い、杭州市中心部の衆安橋頭に、「安楽坊」という公立病院を建ちました。数多くの名医を招いて、生薬を購入し、時に患者へ無償で診察・治療を提供しました。彼の在任期間中に、「安楽坊」は、延べ数千人の病人を診察しました。「安楽坊」の医者は、皆が遠くまで知れ渡っている当時の名医であり、「安楽坊」は、当時の全国的の最大規模な医療機構(機関)でした。

蘇東坡の離任後、「安楽坊」は「安済坊」を改名され、患者の診察・治療を継続に行われましたが、公的な資金援助を断たされた為、経営困難に陥り、仕方がなく民営化されました。
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by jbucm | 2012-07-09 09:30 | 中医学 | Comments(0)
素問・陰陽応象大論篇 第五⑬

【原文】故天有精,地有形①;天有八紀,地有五里②,故能為萬物之父母。
清陽上天,濁陰帰地,是故天地之動靜,神明為之綱紀③,故能以生長收藏,終而復始。 
故聖人上配天以養頭,下象地以養足,中傍人事以養五藏④。

【注釈】①天有精,地有形:精は五行の精気のことである。古人は、日が陽精の根本、月が陽精の根本で、金・木・水・火・土の五大惑星は、五行精気の根本であることを認識していたから、「天有精」という。形とは万物の形体である。天にある五行の精気は地面降りたら、万物の形になるという説があるから、「地有形」という。王氷の注釈では、「陽は天、精気を下し、化生を実施する;陰は地、和気を配置し、形を成す。」となっている。

②天有八紀,地有五里:八紀とは、八の時節のこと、つまり、春分・秋分・夏至・冬至・立春・立夏・立秋・立冬を指す。五里とは、東・西・南・北・中央の五方位を指す。馬蒔の注釈では、「天には八節の紀があり、地には五行の理がある。故に、天は精、地は形で、形と気は相互に誘導し、万物を化生する。故に、万物の父母となる。」と書いている。

③清陽上天,濁陰帰地,是故天地之動靜,神明為之綱紀:馬蒔の注釈では、「その清陽は天まで昇り、その濁気は地に属する。陰陽の昇降は、即ち天地の動静である……以為之綱紀というのは、首篇にある “(陰陽は)神明の府”の説である。」

④上配天以養頭,下象地以養足,中傍人事以養五藏:「配」、「象」、「傍」は、皆比喩、たとえの意味である。『素問呉注・巻二』の注釈は、「上半身を天の法にたとえ、清であれば、耳が聡で目が明である。下半身を地の法にたとえ、静であれば、労作し過ぎないで、四肢に病気が来ない。中間は人の五臓の調和によって、五臓を養う。」である。「上下中の法」は、つまり「天地人」の調和のことである。


(李)
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by jbucm | 2012-07-05 10:50 | 中医学 | Comments(0)

歴代の女医家

こんにちは、周です。今回は歴代の女医家を紹介します。

淳于衍
女子の行医(医を業をとしている)は、漢の時代からとされています。当時、民間出身者の女医の一人である淳于衍は、「医術高明」との評判で、宮廷女医として招集に応じられました。彼女は系統的に中医学を伝授する専門医学学校を卒業生ではないが、経験済みで有効な医療方法の持ち主であります。脈診によく通じ、医薬にも通暁して、「女中扁鵲」と称されます。

義妁
西漢の時代、河東人(中国山西省)、中国歴史上の初めて有名な女医家です。幼少から薬草に興味があり,早くも10代から薬草を採集する為、山に入り、村人の外傷を治療しました。謙虚で、あらゆる方法を使い、当時の経験豊富な「郎中」(医者)に師事し、医薬知識を勉強し、経験を積み重ねました。その医術は、漢武帝に知られ、皇宮に招集されました、女侍医として、皇太后の病を治療した後、皇太后との信頼関係を築きあげました。

鮑姑
晋の時代の女医家で、名は潜光です。広東省南海太守(官名)の父を持ち、夫は著名医薬家・煉丹家、葛洪であります。彼女は医術に精通し、特に灸治に長じます、贅瘤を灸治に得意するとの評判で名を知られていました。広州で豊富に産出している「紅脚艾」(艾葉)を用いて灸治し、顕著な効果がありました。広州≪鮑姑祠記≫に、「鮑姑用越岡(広州中心部にある越秀山)天産之艾、以灸人身、灸贅瘤、一灼即除。歴年久、而所恵多」と記載しています。その艾葉は、「鮑姑艾」と呼ばれました。彼女のある部分灸治経験は、夫の葛洪が著した≪肘后方≫に収録されています。鮑姑の灸法で腫瘍を治療するという治療法は、医学史上でも、最初の記載であります。彼女は、広東省各地(広州・恵州・恵陽・南海・博羅など)を回って、治療に当たりました。当地民衆に尊敬され、広州の「三元宮」内に、鮑姑殿を建てられ、碑記(碑に彫った文章)を建造されました。

「三元宮」内の鮑姑と葛洪の像↓
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蔡尋真、李騰空
唐の時代の女名医です。両者とも身分の高い出身でした。蔡尋真は唐侍郎(官名)蔡某の娘で、李騰空の宰相の李林甫の娘です。二人は当時に蘆山(江西省北部名山)に入り、修道学医(修行する、医学を学ぶ)、済生救民(医療を行い人々を助ける)、人々によく知られ親しまれている美談として伝えられました。

張小娘子
宋の時代の外科医です。丸・散・膏・丹や湯薬を用いて癤瘡痈瘡を治療するだけでなく、外科手術も行いました。彼女の医術は、名前を残さない老人からの伝授と言われました。
その老人に≪痈疽異方≫という外科専門書を贈られました。

将氏、方氏
明の時代、安徽省人です。二人の関係は姑と嫁であり、将氏は姑で、方氏嫁です。家業の小児科医院を継承し、驚風、癲癇、疳など小児疾病を治療しました。「神医国手」と称賛されました。

談允賢
明の時代、江蘇省人です。祖父母は医者(中医師)であった為、15歳で主要の医学経典・書籍を読み終わり、祖父母の仕事を手伝います。談允賢は、婦人科によく通じ、59歳の時、祖父母から伝授された医術と、自己の臨床経験を纏めて、≪女医雑言≫を編集し、後世に残しました。

曾懿
清の末期、四川省人です。医学文献―≪古歓室≫の作者です。≪古歓室≫は、≪女学篇≫、≪医学篇≫、≪詩詞篇≫から構成されます。54歳(1906年)の曾懿は、≪医学篇≫を書きました。≪医学篇≫は2冊があり、上冊・下冊は、それぞれ4巻から構成されます。
上冊
第1巻:脈論、舌色論、温病、傷風、傷寒論
第2巻:雑病転入中焦治法
第3巻:温病転入下焦治法
第4巻:傷寒治法
下冊
第1巻:雑病
第2巻:婦人科
第3巻:小児科
第4巻:外科
封建社会で生きた女性としては、思想解放の曾懿が、少数人物でした。
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by jbucm | 2012-07-02 09:06 | 中医学 | Comments(0)

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