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葉天士逸話 その4

こんにちは、周です。医家・葉天士逸話を紹介します。

第四話:葉天士医貧(貧乏を治す)
葉小三という遠い親戚が居ました。勤勉節約をすれば、葉小三の両親の遺産で小康生活を送れることができましたが、浪費の悪習慣があって、数年後も経たない金が無くなり、借金の爲葉天士の処に来ました。

葉天士は葉小三を見ながら(若くて、健康状態もよく、どうしてこんな窮屈な状況になったと不思議に思った)、彼を教訓(みっちりこらしめてやる)しようと、こう言いました:私は銭庄(銀行)を経営していません、今後はあなた自身で生活費を稼がないと行けませんよ。とりあえず今回は几両(少ない金)をあげます。金儲け方法を教えます。これから毎日街路を掃除するー路面に落ちてきた梧桐葉(アオギリの葉)を収集し、綺麗にして、乾燥させ保存してください、今度その梧桐葉を使う道があります。

葉小三が、言われた通りにして、沢山(3部屋分)梧桐葉を貯めました。

翌年の初春、蘇州に突然瘟疫を発生し、直ぐ蔓延しました。葉天士が診察した患者の処方箋に、皆「梧桐葉3銭」と書かれていました。当時の時季(春先)では、葉は未だ出ないし、梧桐葉を薬局にも置いていません。みんなが困惑している様子を見て、葉天士は、胸有成竹(=成竹在胸ともいう、前もってちゃんとした考えがある)こう言いました:葉小三の家に置いてあります、買に行ってください。すると、みんなが葉小三の家に梧桐葉を買いに行きました。瘟疫が収まった同時に、小三の家に置いてある梧桐葉も丁度無くなり(全部売り切れ)、金儲かりました。

あれからの小三が、梧桐葉で儲かった金で商売を始め、勤勉に働き、裕福になり、幸せな生活することができました。葉天士に感謝!感謝!
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by jbucm | 2014-06-30 09:30 | 中医学 | Comments(0)

「国際中医薬膳師」及び「国際医学気功師」試験の結果がでました

 今年4月19・20日に行われた「国際中医薬膳師」、「国際薬膳調理師」認定試験、及び5月17・18日に行われた「国際医学気功師」認定試験の結果がでました。

 今回「国際中医薬膳師」試験に参加された60名の中58名が合格し、合格率は96.6%でした。「国際薬膳調理師」を受けられた方がおめでたく全員合格です。

 なお、今回「国際医学気功師」認定試験に受験された9名の参加者も全員合格でした!

 合格証書及び成績表を受験者の皆様の手元に郵便局・書留で発送致しております。

 これからも、皆様のご活躍を期待しております。

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by jbucm | 2014-06-26 10:45 | Comments(0)

2014年国際医学気功シンポジウム

 2014年6月16日(月)~18日(水)に北京九華山荘ホテルにおいて、第5回世界医学気功学会第二次会議、及び第8回医学気功学術交流会議を開催致しました。日本校の植松捷之理事長が、世界医学気功学会理事会の常務理事及び副秘書長としてこの大会に出席されました。

なお、世界中の気功専門家、愛好家が100人余り出席され、論文発表や気功功法の実演などで、相互交流、学習ができ、医学気功事業の繁栄と発展を促進できたことと信じております。

日本校の卒業生、在学生及び関係者の皆様はご多忙で、今回の大会へ参加される方がいらっしゃいませんでしたので、こちらで大会のようすをお届致します。

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国立北京中医薬大学日本校は、中医学や気功学を学ぶ機会を作り、この分野の国際交流を深め、日本における中医学や気功の普及と振興に尽力してまいりたいです。

(李)
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by jbucm | 2014-06-26 10:00 | 医学気功・太極拳 | Comments(0)

葉天士逸話 その3

こんにちは、周です。医家・葉天士逸話を紹介します。

第三話:葉天士妙用萊菔子(萊菔子を上手に使う)
清朝年間、蘇州に楊という富豪の息子が居ました。彼は三十歳余で、ぶらぶらしていてまともな仕事に就いていません、毎日酒色に溺れています。酒色を買うため、家の1000両(銀貨の単位)を盗んだことを発覚され、父親に怒られました。身体が虚弱している彼は、父が怒鳴りつけられた後、(病)倒れました。意識不明の重症でした。父親に呼ばれた医者の診療(虚証と診断され、大補法を用いられー毎日人参3銭)を受けましたが、効果はなく、かえって悪化しました。葬儀の準備を始めました。
注:銭=計量単位

隣近所の人が父親に、こう進言しました:葉天士は現今の名医です、遠くに住んでいるではありません、希望を託して彼を呼び寄せたら如何ですか。父親は隣近所の人の進言を聞き、直ちに葉天士の往診を要請しました。

葉天士:彼は全然大丈夫です、元気満々で、死にません。
父親:(病後の)我が子に投入したお金は、人参だけで1000両です、あなたが治せるなら、1000両をあげます。
葉天士:そんな大金は、他の人の心を動かせますが、私の心を動けません。は私は行医(医を業とする)以来、確かにそんな多い診療金は頂いたことはありませんね。治病は第一ですね。

そして、清火安神作用がある・極普通の薬を処方し、持参して来た薬末(粉状の薬)を一緒に飲んで下さいと言いました。息子が薬を服用した3日後に意識を戻り、1ヵ月で回復しました。康復祝いの食事会を開かれた際、丁度葉天士は往診途中で立ち寄りました。

葉天士は冗談を言いました:ご子息は、1000両を費やした人参で重症になりました、私が持ってきたあげた薬末で命を救えました、少なくとも、その薬代を返してくれませんか
父親:あの日、薬代を支払いのは忘れました、申し訳ありません、お幾らですか
葉天士:増病人参、価値千両、去病薬末、自当倍之、不多不少、2000両銀子(1000両の人参で病を重くさせた、薬末で病を軽くさせたので、倍の2000両銀子で良いです)。
注:銀子=銀貨のこと。

父親は、2000両銀子と言われた大金を聞いた後、難色を示しました。みんなは互いに顔を見合わせて,だれも口を切ろうとしませんでした。葉天士は大笑いながら、こう言いました:心配無用!心配無用!冗談です。あの薬末は、私が8文(貨幣の1種)で買った大根の種子(萊菔子)を研磨したものでした。

みんなは、先生(葉天士)の冗談話を聞いて、大笑いました。

萊菔子を紹介します。
性味帰経 辛・甘・平、脾・胃・肺経に帰経する
効能 消食化積・降気化痰
応用 食積(不化)・中焦気滞・脘腹脹滿・噯腐呑酸、痰涎壅盛・気喘咳嗽の実証
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by jbucm | 2014-06-23 10:24 | 中医学 | Comments(0)

『黄帝内経』筆記 蔵象学説(六十八)

霊枢・営衛生会第十八⑦

【原文】黄帝曰:願聞中焦之所出。岐伯答曰:中焦亦並胃中、出上焦之後、此所受気者、泌糟粕、蒸津液、化其精微、上注于肺脈、乃化而爲血、以奉生身、莫貴于此、故独得行于経隧、命曰営気①。

黄帝曰:夫血之與気、異名同類、何謂也②?岐伯答曰:営衛者、精気也。血者、神気也③。故血之與気、異名同類焉。故奪血者無汗、奪汗者無血④。故人生有兩死、而無兩生⑤。

【注釈】①中焦亦並胃中、出上焦之後、此所受気者、泌糟粕、蒸津液、化其精微、上注于肺脈、乃化而爲血、以奉生身、莫貴于此、故独得行于経隧、命曰営気:中焦の部位は胃に並び、上焦の後に出る。その働きは、精気を吸収することです。糟粕を区分け、津液を蒸騰し、精微を化生する。その後(精微物質を)上伝し肺脈へ注ぎ、更に血液に化生して、周身を供養する。身体の中にこれより貴重なものはないから、故に経脈の中で走行でき、「営気」と命名される。

「出上焦之後」についての注釈はいくつあるが、『霊枢・経脈』に「衛気先行」という記載があるので、それに従い、営気は衛気の後から出ると解釈した。

②夫血之與気、異名同類、何謂也:血と気は、異名であるが、実は同じ類のものに属す、どう理解するか?

③営衛者、精気也。血者、神気也:営と衛は、精気に属す。血は、神気である。「血」は精気から化生された、最も貴重な物質だから、「神気」と呼ぶ。故に血と気は異名で同じ類のものであると言われる。

④故奪血者無汗、奪汗者無血:所謂「失血の人は汗も少ない、汗が沢山出る人は血も少ない」。汗液は津液による化生され、血は営気から化生される。二者の源は同じで水穀精微です。なお、津液が血液を組成する重要な成分なので、「血汗同源」という言い方もあります。

⑤故人生有兩死、而無兩生:故に、「奪血」と「奪汗」両方とも人を死なせる。しかし、血と汗の一方が欠けると、人が生存できない。

(続く)
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by jbucm | 2014-06-19 10:35 | 中医学 | Comments(0)

葉天士逸話 その2


こんにちは、周です。医家・葉天士逸話を紹介します。

第二話:「掃葉荘」和「踏雪斎」(「掃葉荘」と「踏雪斎」)
清代の江蘇呉県に幾つかの名医があります、葉天士は最も有名です。葉天士と同じように有名な一人が居ます、名前は薛雪と言います。2人は同郷で、仲良い友達でもあり、しかも両家は近いです。

乾隆年間、蘇州で瘟疫を流行していました。名医らは官府(官庁)に設立された医局に交代で患者を診察します。ある日、全身浮腫・皮膚が黄色の更夫(旧時,夜間に時を知らせて回った夜番)が来ました。薛雪は、こう言いました:貴方は重症で治せないので、もう帰っていいよ。更夫は医局を出た処、丁度葉天士が来ました。すると、薛雪の前で葉天士が再度更夫を診察しました。薛雪は、葉天士がしたことは故意に他人の立場をなくさせた行動だと、凄く憤り恨みました。帰宅後、自分の書斎を「掃葉荘」(喩:葉天士を除去する)に変更しました。
葉天士も薛雪に腹を立てて、自分の書斎を「踏雪斎」(喩:薛雪を踏み消す)に変更しました。あれからの二人は仲悪くなり、付き合いもなくなりました。

その後、葉天士の母親は傷寒(病)を患い、葉天士に処方された方剤を飲みましたが、効果はありませんでした。噂を聞いた薛雪は、こう言いました:別の患者だったら、葉天士がいち早く白虎湯を投与するのに、自分の母親なら、どうしようもないですね。ある弟子が一言差し挟みました:白虎湯性重、他是怕老人家受不了(年寄に辛涼重剤の白虎湯を投与するのは恐れている)。薛雪は、こう答えました:彼女(葉天士の母親)は裏熱証である、白虎湯(証)しか使えません。
その会話内容を葉天士の処に伝われ、薛雪の見解を敬服しました。母親に白虎湯を投与して、直ぐに効果が現れ傷寒を治りました。

この事を通じ、葉天士は以下のように感じました:名医こそ度量が広くないといけません、お互いに他人の長所を学ぶべきです。自ら足を運んで薛雪をわざわざ訪問し、二人は仲直りしました。

附:白虎湯を紹介します。
組成:石膏 知母 炙甘草 粳米
効能:清熱生津
主治:陽明気分熱盛 
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by jbucm | 2014-06-16 09:30 | 中医学 | Comments(0)

『黄帝内経』筆記 蔵象学説(六十七)

霊枢・営衛生会第十八⑥

【原文】黄帝曰:願聞営衛之所行、皆何道從來①?岐伯答曰:営出于中焦、衛出于下焦②。

黄帝曰:願聞三焦之所出。岐伯答曰:上焦出于胃上口、並咽以上、貫膈而布胸中、走腋、循太陰之分而行、還至陽明、上至舌、下足陽明、常與営倶行于陽二十五度、行于陰亦二十五度、一周也③。故五十度而復大会于手太陰矣④。
黄帝曰:人有熱飮食下胃、其気未定、汗則出、或出于面、或出于背、或出于身半、其不循衛気之道而出、何也⑤?岐伯曰:此外傷于風、内開腠理、毛蒸理泄、衛気走之、固不得循其道。此気慓悍滑疾、見開而出、故不得從其道、故命曰漏泄⑥。

【注釈】①願聞営衛之所行、皆何道從來:営気と衛気の運行について聞きたいが、どの通路から来たの?

②営出于中焦、衛出于下焦:営気は水穀精微により化生されるもので、中焦の脾胃により出たものです。なお、営気は手太陰肺経から運行され、肺経は中焦からスタートしたものなので、故に「営出于中焦」という。
「衛出于下焦」について、いくつの解説があるが、『霊枢集注・巻二』に「下」は「上」の誤りであると説明しています。『決気』に「上焦開発、五穀の味を宣発して皮膚を熏蒸する、身体に充満して毛髮を潤沢する、霧に如く、気を謂う」との記載があり、『五味論』にも「……衛とは、陽明水穀の悍気であり、上焦から出て、表陽を保護する」と記載しています。

③上焦出于胃上口、並咽以上、貫膈而布胸中、走腋、循太陰之分而行、還至陽明、上至舌、下足陽明、常與営倶行于陽二十五度、行于陰亦二十五度、一周也:上焦は胃の入り口噴門(ふんもん)、食道と並行し咽喉まで上行する、隔膜を通り抜き胸中に分布する、(横に行く分が)脇の下まで走行し、手太陰経に沿って循行する、手陽明へ復帰する。上へ行く分が舌まで、下へ行く分が足陽明胃経に沿って循行する。衛気は営気と同じく、陽分に二十五回走行し、陰分にも二十五回走行する、これが昼夜の一週である。

④故五十度而復大会于手太陰矣:衛気は全身を五十回走行し、最後に営気と手太陰肺経で会合する。『類経・経絡類・二十三』に次のように述べています:「営気は、宗気に従って十四経脈中走行する。故に上焦の気は、常に営気と並行して陽分に二十五回走行、陰分にも二十五回走行する。ここの陰陽とは、昼夜を言う。一昼夜に身体を五十回回り、翌日の寅の刻(3~5時)に手太陰肺経で会合する。これが一週である。故に、営気は中焦からでるものであるが、その行動が上焦に頼る。」

⑤人有熱飮食下胃、其気未定、汗則出、或出于面、或出于背、或出于身半、其不循衛気之道而出、何也:人は熱い飲食ものを摂食、まだ精微に化されない時に、汗が顔、背中、或は半身から出る。衛気が通常運行する通路に沿わない、これはなぜでしょう?

⑥此外傷于風、内開腠理、毛蒸理泄、衛気走之、固不得循其道。此気慓悍滑疾、見開而出、故不得從其道、故命曰漏泄:これは、体表が風邪に襲われ、腠理と毛孔が開き、衛気がそこから出て、通常の運行通路で循行しなくなる。これは、衛気の性質が慓悍滑疾(すばしこくて強い、すべすべして速い)だから、開いている処を見たら、すぐにそこから出て来る。故に、脈道に循行しなくなる。このような「汗」を「漏泄」と称する。

「毛蒸理泄」とは、風熱の邪気を受けて、皮毛が蒸発し、腠理が開泄して汗がでることです。「不得循其道」について、『霊枢注証発微・巻二』に次のように述べています、「この汗は、衛気の通路に従わない、外傷風邪、熱い飲食を摂ったら、腠理が開き、毛孔も開き、汗が漏れ、衛気も分肉に沿って出る」。

【説明】本節は営衛と上焦の所出及び「漏泄」の機理を述べました。なお、「衛出于下焦」に関して、歴代に争論が多いで、問題を見る角度が違うからでしょう。

なお、上焦の気(衛気)は慓悍滑疾の性質を持ち、周身に分散し、全ての組織器官を潤沢する。もし、風邪を外受したら、腠理が開泄し、その時に熱い飲食を摂取すると「毛蒸理泄」し、衛気がそこから出て、局部に異常な汗が出る。これを「漏泄証」と言う。


(李)
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by jbucm | 2014-06-12 10:30 | 中医学 | Comments(0)

葉天士逸話 その1


こんにちは、周です。今回から医家・葉天士逸話を紹介します。

第一話:葉天士米飯団治「怪病」(米おにぎりで変な病気を治療する)
ある年の真夏日に、南京の高官・呂維其の一人息子が原因不明の病を患いました。当地すべての名医に診療を受けましたが、病名さえも判りませんでした。呂維其は葉天士の往診を要請しました。官命を逆らわないので、葉天士は迎えに来た船に乗り、南京へ行きました。
呂府(呂維其が住む家、お宅)に着きました。患者(呂維其の一人息子)の寝室に直ちに行き、診療を開始しました。患者は30歳で、上半身を露出し、下半身は半ズボンを穿き、藤制のベッドに横たわっていました。全身の皮膚が触れない以外は、一切正常でした、皮膚を触られる、或いは風に吹かれると劇痛が走ります。4日前に花園(庭)で露天寝た後発症しました。それを聞いた後、葉天士は寝室を出て、庭を観察に行きました。立派な庭でした、大きな柳がありました。すると、葉天士が寝室に戻り、処方しました:白糯米三石(石、容量の計算単位、1石=100L)、淘浄蒸熟、制成飯団。連続三天、方可化疾爲愈(三石の糯米を綺麗に洗い、ご飯にして、おにぎりを作る、連続三日間、こうすると病気が治せる)。呂維其は、変わった方剤だなぁと思いながら、(葉天士は当時名医ですので)仕方がなく、処方箋に書いたままにしました。

呂維其:おにぎりは、どうする?
葉天士:少爺(ご子息)の病気は邪悪が身に付いているので、三石のご飯は駆邪する用にする。賑やかの処に置き、貧困な人に1人4個を配りなさい。

三日目に葉天士は、こう言いました:今日は2つを残して下さい、私は使うから。
彼は、残された2つ飯団を使って、患者の全身皮膚を拭いました。少爺の病気が直ぐに治りました。

葉天士は蘇州に戻り、南京での治病したことを診療所内に伝わっていました。弟子達は、経過を先生に聞きました。葉天士は、こう言いました:呂維其の息子は、変な病気を患っていませんよ、原因は木の刺毛(棘状の毛)です。盛夏に柳の刺毛が猛熱の太陽に照られ、沢山刺毛花は落下して、彼は木の下で寝たので、全身が刺毛に浴びられました。その刺毛は肉眼で見られない。私は糯米飯団を使って、皮膚に付着した刺毛を取りました。

弟子達:幾つかの糯米飯団で足りたのに、何故毎日沢山の糯米も使わせた?
葉天士は笑いながら、こう言いました:私は故意にこうしました。あの呂維其は、高官に居て、民衆の利益を謀らなく、かえって汚職しました。三石糯米を民衆に返しただけです。

弟子達は、師匠の教え諭すに頷きました:謹記!謹記!(深く心にとめておく)
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by jbucm | 2014-06-09 09:30 | 中医学 | Comments(0)

『黄帝内経』筆記 蔵象学説(六十六)

霊枢・営衛生会第十八⑤

【原文】黄帝曰:老人之不夜瞑者、何気使然?少壯之人不昼瞑者、何気使然①?岐伯答曰:壯者之気血盛、其肌肉滑、気道通、営衛之行、不失其常、故昼精而夜瞑②;老者之気血衰、其肌肉枯、気道渋、五藏之気相搏、其営気衰少、而衛気内伐、故昼不精、夜不瞑③。

【注釈】①老人之不夜瞑者、何気使然?少壯之人不昼瞑者、何気使然:老人はよく夜に熟睡できない、これはどの気によること?なお、壮年の人は日中に眠くならない、これはまたどの気によること?

②壯者之気血盛、其肌肉滑、気道通、営衛之行、不失其常、故昼精而夜瞑:「気道」とは、経脈のことで、気血営衛の運行通路です。『霊枢注証発微・巻二』に「気道通者、脈気の道也」との記載がありました。壮年の人は気血旺盛し、筋肉が滑利で、気道が通暢であるので、営衛の気が正常に運行される、故に日中は元気いっぱいで、夜はぐっすり眠れる。

③老者之気血衰、其肌肉枯、気道渋、五藏之気相搏、其営気衰少、而衛気内伐、故昼不精、夜不瞑:「伐」とは、「争う、妨げる」との意味です。老人は気血衰少、筋肉も痩せ、気道が通暢でなくなり、五臓の気が耗損される。なお、その営気が少ないから、衛気が中に入り込む、故に日中は元気がなく、夜も熟睡できない。

【説明】本節は、老人と壮年の人の睡眠を例にして、営衛二気が人体生理活動との密接な関係を説明した。壮年の人は気血が盛んになり、気道が通暢し、栄衛の気が正常に運行でき、故に日中に元気があった、夜になったら衛気が陰経に走行し、安眠できます。老人は気血不足し、気道が通暢でなくなり、営気が五臓を調和できず、日中に衛気がきちんと陽経を走行しないので、元気がない、夜もきちんと陰経を走行しないので、熟睡できない。

(李)
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by jbucm | 2014-06-05 10:29 | 中医学 | Comments(0)

葉天士


こんにちは、周です。今回は医家・葉天士を紹介します。

葉天士(1667~1746年)は名を桂、字を天士、号を香岩(別号は南陽先生)と称し、江蘇呉県の人であります。清代の傑出な医家で、温病学を創始した一人として、その名を知られた医家です。

彼は代々医家世家に生まれ・育てられ、祖父葉時、父親葉朝采も有名な医者でした(父親葉朝采は特に小児科に優れていた)。葉天士は聡明で、幼少から(12歳)父に随って中医学を学びました、14歳の時、父が他界しました。彼は親を亡くした悲しみをこらえ、医学で身を立てようとする志は少しも揺るがず、父の門人(門弟、弟子)である朱某に師事しました。その刻苦研鑽と卓抜した理解力により、彼は程無くして師を超えてしまいました。そのため、彼は20歳の若さで名声を博しましたが、甘んじることがなく、なお孜々として医術の奥義を極めるため勉学し、謙虚で、すべて医術に優れ者だと聞きましたら、遠近を問わず、その門を叩き、師と仰いで礼を尽くしました。10年間で、17人の師について中医学を学習しました(その中に、名医の周掦俊・馬元儀・祁正明・王子接らが含まれる)。

残念ですが、葉天士の生涯は臨床診察に捧げましたので、著書しませんでした。門人によって書き纏められた書物は、幾つかあります:《臨証指南医案》10巻、《温証論治》・《幼科心法》各1巻、《葉天士医案存真》3巻、《未刻本葉氏医案》等。また、葉天士の名を託して命名した著作はあります:《景岳発揮》、《葉氏医衡》、《医効秘伝》、《本事方釈儀》、《女科症治》等等。

葉天士は、中国医学(中医学)史上、非常に卓越な貢献した医家の一人であります。彼は温病の衛気営血辨証論治綱領を創立し、温病学説の理論体系形成の基礎を定めました。彼が提唱した見解や治法や方剤は、臨床上に置いて、今も大きな役割を果たして、指導意義と実用価値は有しています。
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by jbucm | 2014-06-02 09:30 | 中医学 | Comments(0)