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北京中医薬大学日本校年末年始休業のお知らせ

  
  あと1週間で2015年が去り、2016年をお迎える時期になりました。

  さて、北京中医薬大学日本校年末年始休業は下記通りです。

  12月28日(月)〜1月4日(月)は冬期休暇とさせていただきます。

  1月5日(火)からは、通常通りの業務を始めさせて頂きます。ブログは1月7日(木)から再開いたします。

  いつも北京中医薬大学日本校のブログ記事を読んで頂き、ありがとうございます。来年もどうぞ宜しくお願いいたします。

  では、新しい年が皆様にとってよい年でありますようお祈り申し上げます。

                           メリークリスマス!
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by jbucm | 2015-12-24 12:25 | 学校行事・お知らせ | Comments(0)

二十四節気―冬至

こんにちは、周です。今回は二十四節気―冬至の話です。

冬至は中国の旧暦の中で、非常に重要な節気で、伝統的な祝い日でもあります。「冬節」「長至節」「亜歳」とも称されます。約2500年前の春秋時代に、中国は太陽を観察して冬至の到来を測定できたのです。冬至は二十四節気の中で一番早く制定したもので、西暦12月22日或は23日です。古人は冬至について、こう言いました:「陰極之至、陽気始生、日南至、日短之至、日影長之至」。冬至以後の気候は最も寒冷の時期に入り、民間では、「冷在三九、熱在三伏」(三九は一番寒い、三伏は一番暑い)と言う諺があります。
(注:三九は冬至以後にやってくる第三度目の九日(27日間)を数え、二十四節気の大寒のあたり、西暦1月20日頃、冬季に最も寒い時期を意味します。三伏は2009年5月25日ブログをご参照ください)

冬至過節(冬至を祝う)習慣は漢代から始まり、唐・宋代では盛大な祝う行事をとして行われて、今日に受け継がれています。この日に家でご馳走を作って食べて祝います。全国各地(東南西北の各地)で異なる「食」習慣があります。北方は羊、餃子、ワンタンを食べ、南方は米団(米で作られた料理)、長線面(麺類)を食べます。各地では「祭天祭祖」という行事もあります。

ここで唐代詩人―白居易の詩を紹介します。

邯鄲冬至夜思家

邯鄲驛里逢冬至
抱膝灯前影伴身
想得家中夜深坐
還応説着遠行人


邯鄲で冬至の夜家を偲ぶ

邯鄲の旅館で冬至にあう
灯りの前で(一人)膝を抱き、伴に居るのは自分の影のみ
思えば故郷にいる家族の皆が、夜深くまで坐り
やはり旅人(私)の噂をしているに違いがない

邯鄲:中国河南省にある古都
驛:宿場(旅館)
遠行人:旅人、ここは自分を指す(自分を見て言う)
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by jbucm | 2015-12-21 09:30 | 中国の話 | Comments(0)

『黄帝内経』筆記 病因病機学説(十八) 

霊枢・百病始生第六十六②

【原文】黄帝問于岐伯曰:夫百病之始生也、皆生于風雨寒暑、清湿喜怒①。喜怒不節則傷藏、風雨則傷上、清湿則傷下。参部之気、所傷異類、願聞其会②。岐伯曰:参部之気各不同、或起於陰、或起於陽、請言其方③。喜怒不節則傷藏、藏傷則病起於陰也;清湿襲虚、則病起於下;風雨襲虚、則病起於上、是謂参部④。至於其淫泆、不可勝數⑤。

【注釈】①夫百病之始生也、皆生于風雨寒暑、清湿喜怒:多くの疾病の発生は、風・雨・寒・暑・涼・湿などの外邪侵入及び、喜・怒などの情志内傷に関わる。

②喜怒不節則傷藏、風雨則傷上、清湿則傷下。参部之気、所傷異類、願聞其会:喜や怒の不節制なら、臓腑が損傷される。風雨の邪気は身体の上部を損傷し、涼湿の邪気では身体の下部を損傷する。上中下三部を損傷する邪気が異なる、これらの理由を聞きたい。

③参部之気各不同、或起於陰、或起於陽:喜怒・風雨・清湿、三種類邪気の性質が異なる。身体の陰部(体内)に病気を起こすか、身体の陽部(体表)に病気を起こすほうがある。

④喜怒不節則傷藏、藏傷則病起於陰也;清湿襲虚、則病起於下;風雨襲虚、則病起於上、是謂参部:喜怒の不節制は内臓を損傷する、内臓(五臓)は陰であるから、故に「藏傷」を「病起於陰」という;清湿の邪気は身体下部の虚弱部位を襲うから、故に「病起於下」という;風雨の邪気は身体上部の虚弱部位を襲いやすいから、故に「病起於上」という。これは「三部」と謂う。

⑤至於其淫泆(いつ)、不可勝數:邪気が人体を襲ったあとの変化について、複雑で数えきれないほどである。

【説明】本節は疾病発生の原因及び三部の気が人体を損傷する規律を説明している。外邪は先ず体表を襲う、七情過度なら内臓を損傷する;また、陰邪は陽分を損傷し、陽邪は陰分を損傷する。邪気の性質が異なるこそ、人体へ侵入するルートや損傷する部位、及び発病の症状など皆異なる。

三部の気に、外感と内傷があり、外感による病気は陽部に発病で表証となる、内傷による発病は陰部にあり裏証となる。さらに外感の場合、風雨の邪気は身体の上部へ侵入し、清湿の邪気は身体の下部へ侵入する。

なお、本節の原文は、『素問・陰陽応象大論』、『調経論』、『太陰陽明論』、『霊枢・小針解』、『邪気蔵府病形』、『寿夭剛柔』、『口問』、『順気一日分爲四時』などの相応する部分と合わせて勉強することをお薦めです。例えば、『素問・陰陽応象大論』には「天有四時五行……以生寒暑燥湿風……故喜怒傷気、寒暑傷形、暴怒傷陰、暴喜傷陽……喜怒不節、寒暑過度、生乃不固」と書いてある。こうすれば、『内経』に病因及びその分類に関する知識を全面的に把握でき、なお各種類病邪の致病特徴とそれによる発病の部位など一般的規律が分かりやすくなる。これらの論述は、中医病因学説の形成と発展、及び臨床での弁証論治には、一定な指導的意義があるに違いない。


(李)
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by jbucm | 2015-12-17 10:10 | 中医学 | Comments(0)

武則天と益母草

こんにちは、周です。今回は武則天と医事を紹介します。

武則天は中国歴史上で唯一無二の女皇帝です。彼女は歳を取っても、容貌は依然として若くて綺麗です。彼女の「青春常駐」(いつも若々しくて、年寄りに見えない)の1つ秘訣は益母草であります。
史書≪新唐書≫に記載してあり:「武則天(紀元624~705年)は、顔の美容に特に力を入れています、長年に衰老を遅らせる薬を内服するだけではなく、毎日美容薬を塗り(外用する)ます」。≪新唐書≫には、外用美容薬の名前は記載してありませんが、武則天が没した40年後に出版された≪外台秘要≫に、主要な中薬は「益母草」であることを明記してあります。また、「此薬洗面、覚面皮手滑潤、顔色光沢」と書かれています。その美容薬を使用する期間が長ければ長いほど効果が良いです:「経月余生血色、紅鮮光沢、異於尋常。如経年用之、朝暮不絶、年四五十婦人、如十五女子」(1ヵ月を使用すれば、効果が現し始め、長年に使用すれば、4・50歳の婦人も15歳に見えます)。

伝えるところによれば、「煉益母草」(益母草を採集する)の日は旧暦5月5日です。全株(全草)の益母草を収穫し、よく天干し後(細かく)粉末にし、篩(ふるい)にかけてから、適量の小麦粉と水を加え、かき混ぜ、タマゴ位の大きさ団子を作ります。その団子を再び、よく天干し後、黄泥(=黄土)で作られた・四方に開竅(=穴)がある・上下に炭を敷いてある「炉」(=土器)の真ん中に置き、「煅焼」します(益母草を焼きます)。そのまま「炉」の中に約1日間置き、団子(=益母草)を取出し、「瓷研鉢」(=瓷のすり鉢)で粉々にすりつぶし、ふるいにかけます、その作業(粉々にすりつぶし、ふるいにかけるという作業)は2回を繰り返し、細かくすればするほど良いとされています。使う時、必要な量を取出し、1/10の滑石粉と1/100の胭脂(ほお紅)を加え、よく混ぜて、粉々にすりつぶし、洗面・シャワーの時に石鹸・入浴剤として使います。此法令肌膚光潔如玉(この方法は、なめらかで綺麗な皮膚になれる効果がある)。この方(粉)は「神仙玉女粉」とも称されます。

益母草の美容効能について、紀元739年に唐の時代・薬学家―陳蔵器が著した≪本草拾遺≫に、こう記載してあります:「入面薬、令人光沢、治粉刺」(顔に良い薬で、なめらかで綺麗な肌にしてくれ、ニキビの治療ができる)。現代薬理研究でも証明されました:益母草は多種な微量元素を含んでいます。Se(セレン)は免疫細胞活力の促進でき、動脈アテローム硬化の防止、及び人体の抗病力の増強することができます。Mn(マンガン)は抗酸化、衰老(老化)防止、疲労回復、癌細胞増殖の抑制ができます。所以、益母草能益顔美容、抗衰防老(なので、益母草は美容に良い、老化の防止できる)。
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by jbucm | 2015-12-14 09:30 | 中医学 | Comments(0)

『黄帝内経』筆記 病因病機学説(十七)

霊枢・百病始生第六十六①

篇名について

「百変」とは、広く各種の疾病を指す。「始生」は開始発生の意味である。本篇は各種の病変発生の原因、邪気が体の襲う部位、病邪の伝変及びその証候等を討論しているから、『百病始生』と名づけている。

本篇の主な内容:
1、疾病発生の原因、「三部の気が傷人」の発病規律、外感発病の機理。
「百病」発生の原因に外来方面の致病素因と精神方面の致病素因がある。最も根本的な素因は人体正気の不足である。「両虚相得、乃客其形」という論点を示した。
2、外感病の伝変規律。
3、「積」の病因病機及び違う部位の「積」の特徴。
4、例を挙げて「五臓所傷」の常見的病因を説明。
5、「内外三部発病」の治療原則、特に「毋逆天時」という原則を示した。

本篇を勉強の目的:
1、中医学「発病学」の基本観点を把握する。発病の時、「正」と「邪」の弁証法的関係を理解する。
2、内傷、外感など致病素因の性質及び致病特徴を理解する。
3、外感病の伝変ルートを把握し、早期治療の重要性を理解する。
4、「積証」の病因病機及び違う部位の「積証」の特徴を把握する。

(李)
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by jbucm | 2015-12-10 10:30 | 中医学 | Comments(0)

武則天(則天武后)

こんにちは、周です。今回は武則天(則天武后)の話です。

武則天(624~705年)は、并州文水(今の山西省の太原市文水)人で、唐代初期の女性皇帝で、本名武曌です。中国の「牝鶏司晨」(pìn jī sī chén めんどりが時を告げる、〈喩〉女性が権力を握る、かかあ天下である)を代表する人物(漢の呂太后、唐の武則天、清の西太后)の一人であります。しかし、呂太后・西太后は母親(呂太后は息子の恵帝の母親である、西太后は同治帝の母親である)として権威を振ったのに対して、武則天は中国史上ただ一人女性皇帝となりました。政治は男性が行うものという中国社会で、女性が政治の表舞台に立つのは大変なことであり、武則天と呂太后・西太后との立場の差は十分に理解されなければなりません。在位期間(690~705)、国号を(武)周とし、聖神皇帝と呼ばれていましたが、死後の諡号(おくりな)は天后・大聖天后・則天皇后・則天順天皇后など、「牝鶏司晨」を嫌う中国為政者の心情が表われています。

彼女は美貌と才能に恵まれ、636年に太宗の宮中に居ました。太宗死後に出家していたが、652年頃に召され、高宗(太宗の息子)の昭儀(後宮の地位の一つである、皇后を頂点とすると、以下に夫人・嬪・女官がある、昭儀は嬪のうちの一つである)を与えられました。655年には、ライバルの王皇后を倒して皇后となりました。武后は高宗よりも4~5歳年上で、身体が弱く持病の高宗(2011年6月13日のブログ記事をご参照ください)に代わって政治をとるようになりました。女性は政治の場に出られないので、皇帝の後ろに座り、「垂簾聴政」(簾を垂らし、大臣から姿を隠して、皇帝と大臣の会話を聞いて指示を与える)を行いました。

武后は必要であれば、我が子でも手にかける・果断な性格を持っていた人です。次々に実子の李弘・李賢・李顕(中宗)・李旦(睿宗)を皇太子に就け、批判的な言動をとった李弘の急死(武后に毒殺されたとの説もある)と李賢の自殺に追い込まれた。高宗没後、李顕(中宗)が即位しましたが、生母(武后)と対抗し、即位後わずか54日で廃位されました。李旦(睿宗)を傀儡皇帝として政治実権を握りました。690年に睿宗を退位させ、自ら皇帝となりました。即位後、自身の正当化に宗教や祭祀を動員し、道教重視の唐朝に対して「明堂」という建物を建てて、自分自身を弥勒になぞらえ仏教を宣伝しました。その時期は仏教を道教の上に置かれ尊崇されました。また密告奨励して酷使を使って政敵を次々に殺し恐怖政治も行いましたが、一方で狄仁潔のような優れた人材を登用されました。

699年、李顕は武則天により再び立皇太子され、705年に大臣(狄仁潔は晩年の武后に李顕を皇太子への復活を決意させる立役者である)や将軍に迫られた武則天は李顕に譲位し、唐の国号を復活させられました。
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by jbucm | 2015-12-07 09:30 | 中国の話 | Comments(0)

『黄帝内経』筆記 病因病機学説(十六) 

霊枢・五変第四十六⑥

【原文】黄帝曰:余聞病形、已知之矣、願聞其時①。少兪答曰:先立其年、以知其時、時高則起、時下則殆②、雖不陷下、當年有衝通、其病必起③、是謂因形而生病、五変之紀也④。

【注釈】①余聞病形、已知之矣、願聞其時:病形に関する情況は、もう知っているが、疾病と時令の関係を聞きたい。

②先立其年、以知其時、時高則起、時下則殆:まず年間の気候概況を把確立し、あとは各時令の気候を把握できる。その気候が疾病に有利であれば、病気は良くなる;その気候が疾病に不利であれば、病気は悪くなる。
「時高則起、時下則殆」に対しての注釈はいくつあるが、ここでは、『類経・疾病類・七十六』に従います。「時高」は客気が主気を勝ち(生旺之時)、順である、或は気候の変化がほぼ正常であること;「時下」は主気が客気を勝ち(衰克之時)、逆である、或は気候の変化が激しいであること。なお、「起」は治癒の意味で、「殆」は危険の意味である。『素問・至真要大論』にも「主勝逆、客勝従」と記載され、『五運行大論』では「気相得則和、不相得則病」と書かれてある。

③雖不陷下、當年有衝通、其病必起:ある時令の気候変化は激しくないが、もしある体質の人がその年の気候に適応できないなら、必ず病気が起こる。

④是謂因形而生病、五変之紀也:つまり、身体の素質が異なるため、各種の疾病が発生する。これは五変の綱要である。「形」は「風厥・消癉・寒熱・痺・積聚」に罹りやすい五種類の体質を指す。「因形而生病、五変之紀」は本篇のまとめと言葉である。


【説明】本段は、疾病の発生と変化が人の体質に関係するだけではなく、その年或はその時の気候にも関係あると闡明した(疾病と運気)。故に、「先立其年、以知其時」は、全面的に病状を把握できる。

まとめ:本篇は、五種類病変の機理及び症状についての討論に通じて、体質と発病、体質と病変、気候と発病などの関係から、「内因が主である」という発病観を闡明した。これは、『内経』の体質理論の組成部分であり、中医の病理学の重要な内容でもある。

体質について、本篇はただ病理的角度から論述しているから、『内経』の体質理論を全面的に把握するには、ほかの篇に合わせて勉強しなければならない。なお、体質は疾病の発生と変化に重要な影響があるが、体質と正気は違う概念である。二者は関連性があるが、区別もある。

本篇は、体質改善することは疾病予防への重要性も示してる。

では、次回からは、『霊枢・百病始生』を勉強しましょう。

(李)
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by jbucm | 2015-12-03 10:20 | 中医学 | Comments(0)