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学校紹介記事

昨日、朝日新聞に薬膳に関する記事がありました。下記はその内容です:
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こちらに関してお問い合わせがたくさんありましたので、当校のご見学や体験入学などについて案内致します。当校の講義時間は下記の通りです、ご興味のある方は、ぜひご見学や体験入学をしてみて下さい。

中医薬膳専科、医学気功整体専科:土曜日13:00~16:30  日曜日10:00~16:00

中医中薬専攻科:土曜日17:00~20:00 日曜日10:00~16:00

7月30、31日及び8月を除き、ご見学及び体験入学ができます。

 なお、今年の10月生の募集説明会は今週土曜日(7月23日)の14:00から行いますので、ご都合が良ければ、ぜひご出席ください。

 当校では、ご希望をされる方に学校案内等の資料をお送りしております。 学校案内をご希望される場合は、ご住所・お電話番号等をお電話またはFAX、E-mailなどでお知らせ下さい。

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   国立北京中医薬大学日本校
 〒113-0033 東京都文京区本郷1-8-2
Tel:03-3818-8531 Fax:03-3818-8532
   URL:http://www.jbucm.com
    E-mail:info@jbucm.com
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by jbucm | 2016-07-19 11:00 | Comments(0)

孫思邈医心虫病

こんにちは、周です。医家・孫思邈逸話を紹介します。

第三話: 孫思邈医心虫病
唐太宗が高麗(朝鮮)を征服したときのできことです。
ある日、連続の行軍や地形(河川がなくの山岳地帯)・天候不良も加え、将士(将校と兵士)と馬は脱水症状に陥った状態です。夜明け前に、一行は山谷に入り、大きい水坑(水たまる)が突然目の前にありました!将士が言葉で表せないほど大喜びー命の水だ!!万歳!!水坑の水を汲んで豪飲(痛飲)しました。もちろん唐太宗も飲みました。皆は大満足!
豪飲した後、その水坑の傍に一休みして夜明けしました。あぁ……不好(やばい)、一坑汚水だ!!!よく見ると、水の中に小さい虫が沢山遊動しています。唐太宗は「この水を飲んちゃんダメだ、病気になる」と思ったが、口には言わなく(将士ら皆飲んだから)、将士達を率いてその地を去りました。

その後, 唐太宗は高麗(朝鮮)を征服して班師回朝(軍を引き返す、凱旋する)。宮殿で食って寝ての毎日です。「無事生非」(諺である。暇で理由もないのに、わざわざ悶着を起こす)ー美味しい山珍海味(山の幸・海の幸)を食べながら、高麗の水坑にいた小さい虫を浮かんで食欲がなくなり、私もその水を飲んだから、もしかして腹に虫がいる、と頭の中にずっと思いました。
この様子で暫くすると、食べ物・飲み物を見ると満腹疑心(頭が疑念でいっぱいである、虫虫虫…)飲食できなくなり、本当に病気になりました。
皇帝を診察した太医(皇族に専属する医者)はこう言いました:陛下、あなたは病気がなく、とっても健康です。
太宗は叱りました:真乃庸医也(庸医=やぶ医者)。
何人かの太医も診察しましたが、前回同様に怒鳴れて寝宮(宮殿)を追い出されました。

その後、唐太宗は太医の診察を一切拒否し、「病」が益々悪化して行きました。仕方がなく、大臣は田舎名医・孫思邈を呼び寄せしました。
孫思邈は唐太宗を診察した後、少々沈思してこう言いました:そうです、間違いなく小さい虫が陛下のお腹に居ますね。退治しなければなりません。私は薬丸を作って差し上げますので、薬丸を飲んだら虫が殺せます。
宮殿を出た後、孫思邈は早速薬丸を作りましたー10個蝋丸(ろうで作った丸剤、蝋丸の中に蝋制の細長い虫を包む)。再び宮殿に入ります。蝋丸を手にして、用法用量を唐太宗に説明します:毎日1個を飲んで下さい、害虫を死んだか(殺した)を確認したいので、万歳(=皇帝)が排出した大便を捨てないで下さい、私は(大便を)見ます。
唐太宗は言われ通り10日間で蝋丸を全部飲みました。11日目の朝、孫思邈が唐太宗の目の前で(唐太宗の)大便を水で流して、露出してきた蝋丸を割って虫(蝋制の虫が飛び出しました。
唐太宗は驚喜しました:そうだそうだ、この虫たちは私を苦しめました!!愛卿真是妙手回春(妙手回春=すぐれた医術で病気がたちまち治る、医者をほめる言葉)。

孫思邈をねぎらうため、宴席を設けて招待しました。孫思邈に朝廷の官位を勧めましたが断れて、翌日離朝還郷(孫思邈は朝廷を後にして故郷に帰りました)。
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by jbucm | 2016-07-18 09:30 | 中医学 | Comments(0)
素問・至真要大論篇第七十四(選び出す)①

篇名について

「至」とは「極めて」の意味である。「真」とは「精微」、広くて深いという意味である。「要」とは重要、綱要の意味である。『素問呉注・巻二十二』ではこう言っている、「道無尚謂之至、理無妄謂之真、提其綱謂之要(道にその続きがなければ至と謂う、理に妄りがなければ真と謂う、其の綱を分てれば要と謂う)」。

本篇は主に五運六気の関する概念及び六気の変化で引き起こす疾病の病機、証候、診断、治法などを討論した。これらの理論は極めて精深で重要であるため、『至真要大論篇』と名付けた。『素問直解・巻八』に「この篇は六気司天、六気在泉、正化あり、勝復(運気用語、勝気と復気の関係、または勝復を応用した治則)あり、標本寒熱あり、調治逆従あり、五味の陰陽・制方と奇遇は、謹奉天道で、人体に合わせる。故に『至真要大論』と云う」とある。

本篇の主な内容:

1、六気司天在泉、主勝と客勝、勝気と復気の規律及びそれが万物に対する影響、病気となった場合の証候と治療大法。

2、標本中気の治療法則及びその重要性。

3、五臓の六気が主病の病機理論――即ち、病機十九条。

4、正治法と反治法の概念。

5、南政・北政と六気変化が脈象に対する影響及び診断意義。

6、五味の属性、作用とその各帰所喜の一般的規律、及び方を組む関連する原則。

7、疾病と「三虚」の関係。六気の変化によって辨証論治する。

(李)
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by jbucm | 2016-07-11 11:30 | 中医学 | Comments(0)

孫思邈的≪養生銘≫

こんにちは、周です。医家・孫思邈逸話を紹介します。

第二話: 孫思邈的≪養生銘≫
陜西省耀県孫家源は孫思邈の故郷であります。当地の薬王廟の前に石碑が建てられています、石碑に孫思邈が著した≪養生銘≫を刻まれています。以下はその全文です。
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↑ 石碑(写真)の左側に≪養生銘≫があります。

怒甚偏傷気、思多太損神
神疲心易疫、気弱病来侵
勿使悲歓極、当令飲食均
再三防夜酔、第一戒晨嗔
亥寝鳴天鼓、寅興漱玉津
妖邪難侵犯、精気自全身
若要無諸病、常当節五辛
安神宜悦楽、惜気保和純
寿夭休論命、修行在本人
倘能遵此理、平地可朝真

孫思邈は道教の信者で、人の「精・気・神」を重んじて「三宝」と見なします、だから篇の始めに精神と情志から論述します。次は飲食の面も要注意と告げて、特に夜間に大吃大喝(派手に飲み食いする)を防止しなければならない、と提起します。「節五辛」とは、五味の偏傷をしないように、どの意味です。「漱玉津」は、朝に目覚めたら、舌で上下腭を舐め、口に津液を溜めたら嚥下する、どの意味です。
孫思邈は養生有道(養生の方法・徳行)があって、百歳も身強体健(体が健康・丈夫であります)で、「百齢名医」と称されます。中高年の人々は、いまもう一度≪養生銘≫を復習し、養生のためにもなります。
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by jbucm | 2016-07-04 09:30 | 中医学 | Comments(0)
霊枢・賊風第五十八⑤

【説明】本段は情志致病及び祝由治病に関する論述である。

故邪が体内に稽留していれば、たとえ軽い情志の波動があっても、体内の気血の逆乱が発生し、疾病を引き起こす可能性がある。これは、人体の正気が発病に重要なポジションを占めることを強調している。

疾病の発生は神によるものではなく、故邪と新邪が遭い「両気相搏」によるものである。『素問・五蔵別論』にも「拘于鬼神者、不可与言至徳」があり、『内経』の素朴な唯物主義の疾病観を反映し、当時に流行していた「唯神論」を論難した。

なお、「祝由」で一部の疾病を治療できる理由を述べた。まず、「祝由」の施術者は患者発病の原因を把握している、所謂「先知其病之所従生(病の発生する処を先に知る)」;あとは、五行の相制の規律を把握しているからである、所謂「知百病之勝(百病を勝つことを知る)」。故に、彼らは、患者の苦痛を知り、適当な精神的諭し導き(カウンセリングに相当する)して、病情を減軽或いは治すことができる。原文にある「二知」(知百病之勝、先知其病之所從生)とは、一部の疾病に対する「祝由」の方法で治療する理論根拠でもあれば、すべての医者にとって疾病を正確に治療するキーワードでもある。『素問・至真要大論』に「必伏其所主、而先知其所因」がある。また、『素問・移精変気論』にも「祝由」に関する記載がある。『内経』の中、治病の制勝之法では、五志相勝法のほか、五味相勝法や暗示療法など多種あり、これらは、中医治療学の需要な組成部分である。上記のほかに、『素問・陰陽応象大論』、『霊枢・師伝』など、関連する章節を合わせて勉強することはお勧めです。

本篇の主な内容は、①寒痺の病因病機と「因加而発」の意味及びその機理、②故邪を持つ上に情志素因が加えられた時の病理及び病変の特徴、③「祝由」が一部の疾病を治療できるとその道理などである。

では、『霊枢・賊風』の勉強はこれで終わりにします。次回からは、『素問・至真要大論』の一部を勉強しましょう。


(李)
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by jbucm | 2016-06-27 10:53 | 中医学 | Comments(0)

孫思邈与阿是穴 

こんにちは、周です。今回から医家・孫思邈逸話を紹介します。

第一話:孫思邈与阿是穴
針灸学の阿是穴は、孫思邈(2009年3月2日ブログ記事をご参照ください)が臨床治療を行った時に発見されたと言われています。

ある日の朝早く、孫思邈(当時の彼は70歳位であります)は≪千金要方≫を書いていました。突如、郷里の一人が急を告げに来ました:孫先生、昨日用があって私は青石村に行きました、陳阿大の病気は進行して病情が益々悪化していますよ。痛くて死にそうです。受診(服薬や針灸治療など)しましたが効果はありません。陳さんは先生の往診を望んでいますが、貧困の家庭で、先生の診察料を支払えないことを恐れています。

郷里の話を聞いた孫思邈は、少しも躊躇わなく、こう言いました:今すぐ診察しに行きます。
郷里:青石村は遠いです、しかも羊腸小道(曲がりくねった小道、山道を指します)が多く、2つの山と3の溝を超えないと行けません、先生は年配で大丈夫ですか?
孫思邈:私は確かに年ですが、また硬朗(老人が体が丈夫であります)ですよ。

そう言いながら、孫思邈は針を用意して、薬嚢(中薬を入りのリュック)を背負って、杖をついて往診の途につきます。夕方にようやく青石村に着き、陳阿大が住むボロ家を見つけました。孫思邈は人事不省の陳阿大に正規の穴位を刺して、意識を回復させましたが、止痛できなかったです。その後、何度も古書に記載されている止痛作用ある穴位をすべて刺しましたが、全然効きませんでした(陳阿大は依然として痛みを訴えています)。孫思邈は、まさか人体の腧穴(輸穴)は古書に記載されているものしかないことはあるまい?と疑問しました。

彼は暫く考えました。
孫思邈は患者(陳阿大)に聞きました:一番痛い処は何処ですか
陳阿大は有気無力(息づかいだけで声に力がない、元気のないさま)返事しました:左、左、左……腿

そして孫思邈は親指で患者左腿のある部位を押しながら、「ここですか?」と聞きました。膝関節の左上方の処を圧したら、陳阿大が突然「阿……是……是這児(ああ、そこだ)」叫びました。孫思邈はそこを刺し後、患者の痛みがなくなりました。彼は大喜び、「先生、この輸穴は凄く効きますね、これは何という穴位ですか?」と聞きました。患者の苦痛を解消したので、孫思邈も上機嫌で、ハハハと笑いながら「先ほど、あなたが阿……是と言いましたよね、あれは阿是穴ですよ」と答えました。

附:腧穴、いわゆる「ああ、そこだ」という体表の圧痛点・過敏点で、畦穴も同じです。
経穴には正規のルート(十四経)上にある経穴が361個、その他に効果の認められたルート外の奇穴が数多くあります。それらの穴位は、大体場所が決まっているのですが、それとは別に阿是穴と言うものがあります。この経穴は場所が決まっている訳ではありません。圧痛点とか反応点の事を言います。針灸治療では、阿是穴を追いかけて治療しては根本治療にはならず、体の状態を見極め、経穴や奇穴を使って治療します。基本的にはその通りですが、場合によっては阿是穴が重要になります(例えば捻挫や打撲などの痛みが残った時や、ぎっくり腰などは、阿是穴のほうがよいです)。
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by jbucm | 2016-06-20 09:30 | 中国の話 | Comments(0)
この度、中国中医薬研究促進会より今年4月に行われました「国際中医薬膳師」及び「国際薬膳調理師」能力認定試験結果についての連絡がありましたので、下記にご報告致します。

今回、「国際中医薬膳師」試験に、31名(再試験者を含む)の方が参加され、全員が合格されました(合格率は100%)。「国際薬膳調理師」試験に24名の方が参加され、18名が合格されました(合格率は75%)。

下記は「国際薬膳調理師」試験の合格者の受験番号です。どうぞ、ご確認下さい。

CRACM-J16-C02、CRACM-J16-C04、CRACM-J16-C06、CRACM-J16-C07、
CRACM-J16-C08、 CRACM-J16-C09、CRACM-J16-C12、CRACM-J16-C13、
CRACM-J16-C14、CRACM-J16-C16、 CRACM-J16-C17、CRACM-J16-C18、
CRACM-J16-C19、CRACM-J16-C20、CRACM-J16-C21、CRACM-J16-C22、
CRACM-J16-C23、CRACM-J16-C24


合格された皆様、本当におめでとうございます。なお、今回合格できなかった方は、是非もう一度チャレンジして下さい(合格された科目の成績は二年以内有効です)。

 合格証書及び成績表はまだ届いてませんので、届きましたら、即ち皆様のお手元へお届け致します。

(日本校 事務局)
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by jbucm | 2016-06-13 11:07 | 学校行事・お知らせ | Comments(0)
こんにちは、周です。今回は中医名言―「従陰陽則生、逆之則死」を紹介します。

出典:《素問・四気調神大論》
「従陰陽則生、逆之則死」は、「陰陽に従えば則ち生きられる、それに(陰陽)逆らえば則ち死んでしまう」の意味です。

陰陽は事物の異なる属性であり、各種な事物に体現されています。それは古人が長年にわたっての生活や実践して得た認識でありますー自然界の事物の変化は、すべて陰陽の対立と統一の両面性を持つ。陰陽の対立と統一は内在に連係・相互作用・絶えない運動していて、事象の発生・発展・変化・消滅を支配して根源(原動力)であります。そこに《素問・陰陽応象大論》には「陰陽者、天地之道也、万物之綱紀、変化之父母、生殺之本始」とあります。人間は自然界に生存し、天地の陰陽四時の気を適応しなければなりません、もしこれを反したら、生命の根本(元真)を破壊され、疾病を発生し、甚だしい場合は死んでしまいます。これは中医学の「天人相応」(天人合一)という理論の重要性を反映しています。
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by jbucm | 2016-06-06 09:30 | 中医学 | Comments(0)
霊枢・賊風第五十八④

【原文】黄帝曰:今夫子之所言者、皆病人之所自知也。其毋所遇邪気、又毋怵惕之所志、卒然而病者、其故何也?唯有因鬼神之事①?岐伯曰:此亦有故邪留而未発、因而志有所悪、及有所慕、血気内乱、両気相搏②、其所從來者微、視之不見、聽而不聞、故似鬼神③。黄帝曰:其祝而已者、其故何也?岐伯曰:先巫者、因知百病之勝、先知其病之所從生者。可祝而已也④。

【注釈】①今夫子之所言者、皆病人之所自知也。其毋(む)所遇邪気、又毋怵惕(じゅつてき)之所志、卒然而病者、其故何也?唯有因鬼神之事乎:先生が言っているのは皆病人が知ることができるものである。外来邪気の侵入もなければ、驚くや恐怖など情志による刺激もなく、突然発病する人もいる、それは何故?ただ鬼神によるものなのか?

②此亦有故邪留而未発、因而志有所悪、及有所慕、血気内乱、両気相搏:これも故邪が体内に停留し発病しなかったものである。情志の変化によって悪化、或は慕情を抱いているが遂げない、体内の気血が逆乱を引き起こし、体内に潜伏してある故邪と結び合い、病変が起こる。

『霊枢注証発微・巻七』の注釈:「両気相搏」の「両気」とは、体内に稽留し発病してない故邪と情志波動による血気逆乱のことである。

③其所從來者微、視之不見、聽而不聞、故似鬼神:これらの内在変化はとても微細で察知しにくく、見ることも聞くこともできないから、鬼神によるものに似ている。

④其祝而已者、其故何也?先巫者、因知百病之勝、先知其病之所從生者。可祝而已也:鬼神によるものでなければ、なぜ「祝由」の方法で治療できるの?古代の巫術者は、病気の治療方法と、その病気が発生した原因が事前に知っているから、「祝由」の方法でその病気を治せる。

「百病之勝」とは、主に各種疾病の治療方法を指す。

「祝由」について、呉鞠通が曰く:「祝由」二字は『素問』に出たものである。「祝」は告げる、「由」は病気の由来である。「巫家」を「祝由科」とし、十三科の一つとなる。『内経』では、「巫」が医科でないと否認しているが、われは凡そ内傷病を治療する際、必ず患者に病気の由来を先に詳しく告げる、患者がそれを知ることで病気の再発することが防げる……現代では、「祝由」の方法は主に精神情志による疾病の治療に用いられる。

(続く)

(李)
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by jbucm | 2016-05-30 10:25 | 中医学 | Comments(0)

羅漢果

こんにちは、周です。今回は生薬―羅漢果の話です。

羅漢果は、ウリ科の多年草つる性植物で中国の特定地域のみ栽培されています(のちに説明します)。生の羅漢果を日本で目にすることはできませんが、店頭で目にするのは全て乾燥羅漢果で茶褐色をした直径5㎝前後のボール状のものです。仮苦瓜とも呼ばれます。性味は甘涼で、肺・脾経に帰経します。清肺利咽・潤腸通便作用があります。百日咳・痰火咳嗽・咽喉腫痛・血燥胃熱・大便乾結不通に用いられます。
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現代栄養学では、羅漢果には砂糖の300倍の甘みをもち、甘味の成分はテンペングルコシド配糖体というものであることを証明しました。このテンペングルコシド配糖体は水溶性の食物繊維で体内では吸収されにくいためカロリーはゼロで、しかも満腹感が得られます。血糖値も上がらないので、糖尿病患者の理想食品とされています。羅漢果はカリウムやりん、カルシウム、鉄分等のミネラルが豊富です。最も注目すべき点は、強い抗酸化作用です。この抗酸化作用とは体内の活性酸素を除去する働きのことで、体内で過剰になった活性酸素を除去し病気を防いでくれます(活性酸素が過剰になると老化促進、癌、高脂血症、動脈硬化、心疾患、アレルギー、喘息、炎症、パーキンソン病、膠原病、認知症等の原因とされています)。

羅漢果の由来を紹介します。
大昔、ある瑤族の樵夫(木こり人)の母親は咳喘(病)を患い、治療されても効果がありません。親孝行の樵夫は母親の病状を心配していました。ある日、彼は仕事のため入山しました、木を切る際、腕が蜂に刺されて・赤く腫れて来て痛くなりました。その時、丁度傍に青藤(青いつる、のちに羅漢果と呼ばれるもの)に実っている果実をとって味見し(その果実は香がよく、甘くて美味しかった)、噛んで刺し傷につけました。暫くすると、腕の赤腫は緩和できました。下山する時、母親に食べてもらうので、その果実を持ち帰りました。そうすると、その果実を食べた母親の咳喘は良くなりました。ある郎中(中医師)は、この事を聞いた後、その果実を研究・実践して消炎止痛・清熱解毒・止咳利咽作用があることを発見しました。郎中の名前は「羅漢」と言いますので、その果実を「羅漢果」と呼ばれるようになりました。

附:
羅漢果は中国南方の広西壮族自治区・桂林周辺でしか育ちません。つまり、羅漢果の生育環境条件としては降雨量が多く、日照時間が短く、昼夜の温度差が大きく、水はけの良い土地という要素を全て満たした土地が必要です。これらの要素を全て満たしている唯一の土地が桂林周辺の土地です。しかも桂林一帯は太古の時代に海が隆起してできた土地のため海水のミネラル成分を多く含み、これが羅漢果の薬効を高めている原因の一つでもあります。
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by jbucm | 2016-05-23 09:30 | 中医学 | Comments(0)

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