素問・太陰陽明論篇第二十九③
【原文】帝曰:脾病而四支不用①、何也?岐伯曰:四支皆稟気於胃、而不得至経、必因於脾、乃得稟也②。今脾病、不能爲胃行其津液③、四支不得稟水穀気、気日以衰、脉道不利、筋骨肌肉皆無気以生、故不用焉。
帝曰:脾不主時、何也?岐伯曰:脾者、土也、治中央④。常以四時長四藏、各十八日寄治、不得独主於時也⑤。脾藏者、常著胃土之精也、土者、生萬物而法天地。故上下至頭足、不得主時也⑥。
【注釈】①不用:機能しないことです。
②四支皆稟気於胃、而不得至経、必因於脾、乃得稟也:『類経・疾病類・十三』に次のように説明しています:四肢の動きが胃気に頼っているが、胃気は自ら諸経に至らない。必ず脾気の運行によって、胃中の水穀の気が精微に化し四肢に至る。
③不能爲胃行其津液:胃中にある水穀精気を輸送することができなくなる。
④脾者、土也、治中央:脾は五行の中で土に属し、中央の位置を治める。
⑤常以四時長四藏、各十八日寄治、不得独主於時也:常に四時(四季)の四臓を養い、四季の最後の十八日は脾土の旺盛時期である。故に脾は単独で一つの季節に属さない。
⑥脾藏者、常著胃土之精也、土者、生萬物而法天地。故上下至頭足、不得主時也:「著」についての解釈は幾つがあり、『素問直解・巻二』に従い、「昭著、彰顕、顕著」の意味にします。脾蔵の運化機能で胃の水穀精気を外に昭著し、脾胃(土)は天地が萬物を養う法則と同じで、頭から足まで周身上下を養い、一つの季節に属さない。
【説明】
本節は土が季節に属さなく、四時に寄旺することを説明した。これは、『金匱真言論』と『六節蔵象論』などに述べた「主長夏」と違うが、本義は一致だと考えられます。「主長夏」の説は「土が萬物の母」という理論の下で五行時の角度で提出したものです。本節では、「四季の最後の十八日は脾土の旺盛時期である」と述べたが、土気は全年度の毎日に至っているとも主張している。故に、土の「主長夏」と「不主時」の両説とも「治中央」と主張する。「土は五行の本で、萬物の母」の主旨は一致しています。
(李)